2017
02.20

言葉の力

日本には古来「言霊(ことだま)」という信仰がありました。全ての言葉には「霊」が宿っていて、良い言葉には良い霊が宿っており、悪い言葉には悪い霊が宿っていると信じられていました。だから、健康を祈ったり無事を祈ったりするときには、良い言葉をたくさん言い、多くの恵みをもたらすように大地にお願いするためには、高い山に登って良い言葉を大地に投げかける、ということが行われていました。

良い言葉を大地に投げかける代表的な例が、万葉集1巻の2番目にあります。

『天皇の、香具山に登りて望国(くにみ)したまひし時の御製歌

大和には 郡山(むらやま)あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見(くにみ)をすれば 国原は 煙(けぶり)立つ立つ 海原(うなはら)は 鷗立つ立つ うまし国そ 蜻蛉島(あきづしま) 大和の国は』

という舒明天皇の歌です。

舒明天皇は7世紀前半の天皇で、初めての女性天皇である推古天皇の後を引き継ぎました。舒明天皇の子供には大化の改新の中心となった中大兄皇子(天智天皇)や、壬申の乱後に即位した天武天皇がいます。

天の香具山(あまのかぐやま)は天から降りてきた山ともいわれる大和の国の最も格式の高い山で、小倉百人一首の持統天皇「衣ほすてふ天の香具山」の歌でもお馴染みだと思います。天の香具山から大地を見渡して、舒明天皇は「大和の国はすばらしい国」と歌を詠み、良い言葉を投げかけると、その言霊の力で大和の国が素晴らしい国、恵みをもたらしてくれる大地となると信じられていたのです。

こうした言霊を信じる傾向は現代に生きる私たちにも継承されています。幸せや健康を願うために、良い言葉を自分自身に言い聞かせる、あるいは相手に伝えようとする、不幸が起きないように悪い言葉を使わないようにする、そういったことは日常的に私たちが行っていることです。確かに良い言葉、特に心のこもった言葉を相手か言われると、心は和みますし、癒されるように感じられます。人間は言葉によって癒され、救われる生き物であるのでしょう。逆に心無い言葉や悪意がこもった言葉に私たちは簡単に傷つきますし、時には立ち直れないほどのダメージを受けることもあります。こうしたことを考えていくと、言葉にはとても強い力があると考えてよいのではないでしょうか。

さて、言葉の力について印象的な本を最近読みました。国谷裕子「キャスターという仕事(岩波新書)」です。著者の国谷さんはNHKのクローズアップ現代のキャスターを1993年から実に23年間も務めた方です。もともと日本のテレビの報道番組の中において、キャスターという仕事は確立されていませんでした。ニュースはアナウンサーがニュース原稿を正しく正確に読むものであったものでした。それをアメリカ等の報道番組の影響により、「ニュースセンター9時(NHK)」や「ニュースステーション(テレビ朝日)」などが放映され、人気を博して新しいキャスターという仕事と、そのスタイルができ上がっていったように思います。

この著作の中で国谷さんは繰り返し言葉の力、言葉の役割について述べられています。例えば、

『「言葉の力」を信じることがすべての始まりであり、結論だった。テレビの特性とは対極の「言葉の持つ力」を大事にすることで、映像の存在感が高まれば高まるほど、その映像がいかなる意味を持つのか、その映像の背景に何があるのかを言葉で探ろうとしたのだ。私はキャスターとして「想像力」「常に全体から俯瞰する力」「ものごとの後ろに隠れている事実を洞察する力」、そうした力の持つことの大切さ、映像では見えない部分への想像力を言葉の力で喚起することを大事にしながら、日々番組を伝え続けることになった。』

とあります。映像を伝えることがテレビにとって重要な機能であるにもかかわらず、むしろ映像で映し出されたことの意味を説明できるのは言葉しかない、まして、映像に映し出されないけれども重要な意味をもつ部分を表現できるのは言葉しかない、言葉には目で見ることができないことを喚起する力をもっている、と国谷さんは言っています。

こうした言葉の力への自覚は、キャスターといった仕事に携わらない人間にとっても重要なことです。私たちは目で見えることばかりで物事を判断したり、感情を動かされたりしているわけではありません。目で見えないけれども、感覚で感じていることを目に見えるようにすること、相手のことを思いやりその心をすくい取ってわかるようにすること、そうしたことができるのは、言葉の大きな役割であるように思います。そして言葉で、目に見えない心や思いを形にして発することにより、大勢の人を癒すこともできるのです。

目に見えない思いや心を形にする作業は、ものづくりやデザインも同様であるかもしれません。ものづくりやデザインの際に細心の注意を払って、思いや心を形にしていく作業を行っているみなさんは、日頃ぞんざいに使っていたとしても、あらためて言葉のもつ力を考えてもいいように思います。

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