2017
05.01

人形とロボット

都立工芸の卒業生で高名な方に川本喜八郎氏という方がいらっしゃいます。
この方は戦前の府立工芸学校を卒業後、現在の横浜国立大学を経て、人形作家、アニメーション作家として活躍をされました。私の記憶と印象では、NHKの人形劇である「三国志」「平家物語」が圧倒的です。ドラマの登場人物は生きているかのごとき人形たちで、愛憎、別離、戦闘など、さまざまな場面が演じられていたことを思い出します。
喜八郎オフィシャルサイトには、人形を制作する苦労についての記述があり、例えば回想「三国志」には『三国志に登場する名のある人物だけでも3000人位いると云われているが、NHK人形劇『三国志』では、 その中で名のある人物約200人を作った。文楽では、カシラにそれぞれ若男、源太、文七などと名前が付いていて、 役柄に合わせて使うカシラが決まっている。つまり、非常に高度な典型化が出来ている。 三国志では、その典型化をさらに個のレベルまで進ませて、玄徳は玄徳のために生まれてきた、 周瑜は周瑜のために生まれてきた、というふうに、彼等が生まれてくるのをお手伝いする、という作業を続けた。 三国志漬けの毎日で、苦しさも楽しかった。孔明のカシラはなかなか生まれてくれなくて、出来上がってみると、 「私は違うよ」とのたまい、4度作り直して、くたくたに疲れ果てた夜中に、やっと「私が孔明だ」と名乗りをあげてくれた。 乱世の群雄たちも、つぎつぎに生まれてきたが、今となっては、個々にどんな状態で生まれてきたのか、 思い出すのも難しい。』といった興味深い内容が掲載されています。
喜八郎オフィシャルサイトにもありますが、日本には文楽という独自の人形劇があり、人形づくりの高度な技術に加えて、演じる際の所作、仕草をどのように表現するのか、そのために人形をどのように操作するのか高い洗練された技術が継承されていて、観客を魅了する伝統芸術となっています。日本には人形に感情を移入して、あたかも生きている人間として感じ取るような文化的な基盤が存在するのかもしれません。
 さて、昨日、日本テレビの「バンキシャ」という報道番組で「オリヒメ」というコミュケーションロボットの紹介が放送されていました。オリヒメはそれ自身に搭載されたコンピュータのコントロールによって動くのではなく、タブレットを通して人間が操作して動くロボットでした。コンピュータを搭載してその判断で動いたり、会話したりする「ペッパー」のような種類のロボットではなく、オリヒメは高さが21cmで上半身のみのロボットで、自分の「分身」「替わり」として機能する分身ロボットであるということです。放送では、入院している子供が授業を受けるため、入院している病院から離れた場所でオリヒメが子供の替わりに授業を受け、その画像が子供の前の画面に映し出されている様子や、ALS(筋萎縮症側索硬化症)の方が自分の気持ちを表現する手段としてオリヒメを使用する様子が放送されていました。オリヒメを開発した吉藤健太朗氏は小学校のときに3年半引きこもっていて、自分の替わりに学校に行ってくれるアバターが欲しいと思ったことが、オリヒメをつくる動機となったそうです。
ロボットも人形の一形態ということができるので、そのロボットに気持ちや思いを相手に伝える機能を付与するといった発想はもしかしたら、日本の伝統的な考え方の線上にあるのかもしれない、といったことを感じました。

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