2017
05.06

最近電車の中でマンガ雑誌を読んでいる人を見ることがなくなった

先日、知り合いの先生と雑談をしていた時に、「そういえば、最近電車の中でマンガ雑誌を読んでいる人を見ることがなくなったねえ。」ということをおっしゃいました。
確かに一時代前の通勤電車では、30代ぐらいのサラリーマンを中心に、少年ジャンプやヤングマガジンといったマンガ雑誌を読んでいる人が大勢いました。少し年齢が上の層の人たちは、新聞を小さく折りたたんで読んでいました。そういう人たちが朝の通勤電車で読んでいる新聞は日経でしたが、帰りの電車では夕刊フジを読む人が多数派でした。
少年ジャンプや少年マガジンの読者層よりも年齢が上の層をターゲットとしたマンガ雑誌も数誌あって、「ヤンマガ」とか「ヤンジャン」とかの略称で呼ばれていました。インターネットで検索してみると、10年ぐらい前の書き込みに、電車の中で「よい大人」がマンガ雑誌を人前で読むことへの批判的な書き込みがいくつもヒットします。新聞では、外国人からなぜ日本人のビジネスマンはマンガ雑誌を持ち歩くのかという質問を記者が受けたというコラムを読んだ記憶もあります。
その当時は、日本人の知性と教養の低下が、電車の中でのマンガ雑誌の読書につながっているというような受け取り方を感じていましたが、今になって思えば10年ぐらい前までは、日本の最もクリエイティブな才能がマンガ界に集まり、優秀な作品を次々と生み出していたということなのかもしれません。
マンガ雑誌の発行冊数は、この10年ぐらいで大きく落ち込んできているようです。「コロコロコミック」のように、あまり発行冊数が落ち込んでいないマンガ雑誌もありますが、「少年サンデー」や「なかよし」のように、3割、4割にまで落ち込んでいる雑誌もあり、全体として大きく減少傾向にあります。
かつて電車の中でマンガ雑誌を読んでいた人たちは、現在スマホでゲームをやっていたり、LINEで誰かと連絡を取っていたり、オンラインニュースを読んでいたり、いずれにしてもスマホに移行してしまいました。ただしクリエイティブな才能もこうした電子化業界に移行したかどうかはよくわかりません。かつてのクリエイティブな才能が生み出したマンガは、アニメの現在として活用され、日本が発信する文化として世界中で認知されるようになりました。電子化業界にクリエイティブな才能が移行していて、それが何らかの日本の発信する文化にまで成長するかどうかはこれからだと思います。

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