2017
10.24

水辺の仏像

九州のある地方で、今年の夏の大雨の後、今まで見たことがない仏像が川底から発見された、というニュースがありました。江戸時代に行われた護岸工事のときに、堤防が崩れないようにと埋められていた仏像が大雨で流されたと推測されるという話です。
川や沼に関わる仏像の話はいろいろと残っています。例えば舟地蔵という舟にお地蔵さんが乗っている仏像があります。神奈川県藤沢市にある舟地蔵は、戦国時代に北条早雲が付近の大庭城を攻めたときに、城の周りの沼地の干上がらせ方を教えてくれたお婆さんを、秘密が漏れることを恐れて殺していまい、それを哀れんだ人々が供養するためにつくったという言い伝えがあるそうです。
別の舟地蔵の話もあります。奈良の興福寺隣の猿沢池南側にある率川(いさかわ)という小さな川にある石橋の下には、舟形の台座にいくつもの石仏が祭っているそうです。幕末のころ、この辺りの河川工事をした際に、埋もれていた約40体の石仏が見つかり、ここに集められて祭られるようになったのだそうです。率川地蔵尊またはただ単に「舟地蔵」と呼ばれているということでした。
京都には川地蔵という行事があるそうです。お盆に河原で石を積んでお地蔵さんをつくり、霊をお迎えする行事です。14日に6体の川地蔵を作って先祖の霊を迎え、翌15日朝に鉦(かね)を鳴らしてお参りするのが習わしだそうです。川地蔵さんは河原の石を見つくろい、体に見立てた長めの石を6つ立て、それらの上に、頭(笠)に見立てた小石を3つずつ重ねるといいます。このため、体用の石は、てっぺんが平らな石を探すそうで、石の大きさや形で6体はふくよかだったり、ちょっと背が低く見えたり、石の傾きで、表情も異なるそうです。三途の川を渡るときに、子供たちが賽の河原で石を積み上げるところへ鬼が来て石を崩してしまうので、子供たちはお地蔵さんの衣に隠れて守ってもらうという、賽の河原のお地蔵さんの話にどこか似通っています。
私たちの身近にある浅草寺の観音像は、推古天皇36年(628年)に隅田川で漁をしていた兄弟の網にひっかかっていたのを発見されたことになっています。観音像は一寸八分(約5cm)の小さな仏像で黄金製だそうですが、この観音像は秘仏となっているため、誰も見たことがありません。Wikipediaによれば、明治2年に役人が来て調査を行ったところ、本尊はたしかに存在していて、奈良時代の様式の聖観音像で、高さ20cmほど、焼けた跡がうかがえ両手足がなかったということです。ただし、このWikipediaのテキストが何かが分かりませんので、事実確認ができません。
日本に初めて仏像が渡ってきたのは、日本書紀によるとによると、欽明天皇13年(552年)のことです。百済の聖明王により釈迦仏の金銅像が経典とともに献上されました。欽明天皇が、仏教を信仰の可否について群臣に尋ねたところ、物部氏は反対しましたが、蘇我氏は賛成しました。そこで天皇は仏像と経典を蘇我氏に下げ与えたので、蘇我氏は仏像を拝んで仏教に帰依したところ、疫病が流行ってしまったそうです。物部氏は仏像を拝んだことで疫病が流行ったと考え、仏像を「難波の堀江」すなわち、大阪の湿地帯に捨ててしまいました。(この「難波の堀江」の位置と考え方については諸説あるようです。)物部氏と蘇我氏との争いは物部氏が滅びるまで続けられ、蘇我氏が勝利したことにより、日本では仏教がこの後広く信仰されることになりました。
長野県に善光寺という有名なお寺があり、その御本尊はこの「難波の堀江」に捨てられた仏像を、本田善光という人が発見して自分の故郷にもって帰った仏像ということです。浅草寺と同様に秘仏とされていて、誰も見たことがありません。7年に一度の御開帳のときには、御本尊の替わりの前立本尊が開帳されています。もっとも、こちらもウェブ上では江戸時代に本尊を確認したという記事がありますが、テキストが分からないのでこれも事実を確認できません。
こうやって、仏像と川や沼との関連を拾っていくと、両者の関係性は高いような気がしてきます。日本列島は雨が多く、水害に見舞われることがある反面、日照りとなると干上がって水不足に人々は苦しむことも多かったのではないかと考えられます。人々は仏像に長雨のときは雨上がりを祈り、旱魃のときは雨乞いをしていたと想像します。宮澤賢治の「雨ニモマケズ」の詩の一節である「ヒドリノトキハナミダヲナガシ サムサノナツハオロオロアルキ」も思い起こされます。
日本に渡ってきた仏教と仏像は日本の風土に習合して土俗的に発展していきました。運慶が彫った四天王とはまた違った仏像の在り方でありました。九州で見つかった仏像がどのような願いや祈りを込められているのかを、想像するのは楽しいものです。日本中にはまだまだ水辺に埋まって眠っている仏像が数多くあるに違いありません。

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