2月17日は卒業祝い膳を予定しています。   みなさん、卒業・進級を目指して頑張りましょう。   平成29年2月給食メニュー 1990年代終わりから2000年にかけて、アメリカでも日本でもITバブルと呼ばれる経済活況がありました。現在巨大企業となったIT関係の会社の基盤が完全に確立した時期で、10年前20年前は学生が始めた小さなベンチャー企業であった会社が、きわめて大きなコンピュータ関連の会社として成長し、その創始者たちはカリスマとして巨大な富を獲得した時代でした。日本のIT関連の会社も大きく成長し、巨額な資金を集め、社会的な影響力をもつようになりました。元ライブドア社長の堀江貴文氏の著作を読むと、この時期のコンピュータ関連のベンチャー企業が人材や資金を集めて急激に大きくなり、既存のメディアやシステムを脅かすほどの力をもつようになり、そして逆に足元をすくわれるようにして淘汰されていった様子が伝わってきます。また、ニューヨークを中心として、集まってくる途方もなく巨額な資金が金融工学のプロたちによって運用され、さらにもっと巨額で実態のない資金に膨張していった時代でもありました。「マネーゲーム」という本が出ていて映画にもなっていますので御覧ください。
世界にはそうした資金を運用することで、とんでもないお金を儲けている人がいることが報道されるようになっている時期に、先ほどのクラスで「やりたい仕事だけれども収入が低い仕事と、収入は高い仕事だけれどもやりたくない仕事では、あなただったら、どちらを選びますか?」という質問を生徒にしたというわけです。
その時の世界情勢等に対する反感や反発から生徒が「やりたい仕事だけれども収入が低い仕事」に手を挙げたとすれば、健全な社会に対する批判精神が育っていたということができるかもしれません。
そして、あれからさらに10年の月日が経ち、社会では「夢追いかけ」型フリーターを礼賛することはまったく無くなりました。そして現在の日本では正社員として就職することができたとしても、労働基準を守らないブラック企業による若者の「すりつぶし」就労の問題や、体調を崩していったん退職してしまうと、もう一度正社員としてなかなか就職できない問題、仕事をしていく上でのスキル育成や研修の機会、OJTが十分でない企業の問題など、「夢追いかけ型フリーターは危険だからよくよく考えていかなければいけないよ」と進路部で生徒たちに言っていればよい時代よりも、事態はより複雑になっているように思います。そして「夢追いかけ」型フリーターだけではなく、仕事に対しての考えがまとまらないとか、業種の希望がない、やりたい仕事が見つからない人が、とりあえずフリーターとして就労を続けていくと、フリーターとしての価値は年齢が上がるにつれて下がっていくものなので、ますます低収入となっていく事態に陥ってしまうようになっています。すなわち、2010年代後半の現在は、高校生は以前よりもさらに仕事に就くことについて、よく考えていかなければならない状況となっています。
「やりたい仕事だけれども収入が低い仕事と、収入は高い仕事だけれどもやりたくない仕事では、あなただったら、どちらを選びますか?」という二者択一による就職選択は極端な質問で、そんな選択をしなければならなくなる人は、ごく少数だと思いますし、工芸生のみなさん全員が、高校卒業後すぐであろうが、大学進学後であろうが、やりたい仕事でかつ収入の高い仕事に就いていって欲しいと願っています。しかし、そのためには、これからの時代は、自分で自分の人生をデザインする力を身に付けること、具体的には、計画的で着実に社会で役に立つ技能・技術を身に付けること、社会変化に耐えることができる柔軟性、知識や教養、語学力、コミュニケーション力、AIより優れた創造性、発想力などをもっていかなければならないということです。
今から10年ぐらい前、お休みされた先生の代わりとして補習授業を行いました。私の専門の国語ではなく仕事選びの話をしました。そのときに生徒たちに「やりたい仕事だけれども収入が低い仕事と、収入は高いけれどもやりたくない仕事では、あなただったら、どちらを選びますか?」と聞いたことがあります。聞かれた生徒たちはきょとんとして、この補習で突然やって来た先生は一体何を言い出すのだろうという反応で、しばらくザワザワしていましたが、必ずどちらかに手を挙げてください、と言われてしぶしぶ手を挙げてくれました。
実は、そのクラスのほとんどの生徒が選んだのが、「やりたい仕事だけれども収入が低い仕事」でした。当時、世界はまだリーマンショック前でしたし、日本は小泉政権末期ではありましたが、経済状況はまあまあ良い時期だったことや、生徒たちが、まだ進学や就職を具体的に考えなればいけない時期ではないことが影響したのではないかと思います。
さて、1980年代の後半はいわゆるバブルの時代と言われていて、日本の経済が最も強かった時代です。高校を卒業して就職先に困ることなどはほとんどなく、企業は人手不足が深刻で、希望通りの仕事に必ず就け、かつ高卒の初任者であっても高収入を得ることができる時代でした。世の中が急激に豊かに華やかになり(都心には新しい豪華なブランドショップができたり、街をイタリア製の高給スポーツカーが走っていたり、盛り場では大勢の若者が着飾って一晩中楽しんでいたり)、誰にでも成功するチャンスがあってお金持ちになることができるという風潮が社会を覆っていました。
また、近い将来華やかな仕事に就いて(音楽のメジャーデビューなど)高い収入を得ることができる、必ずビッグになってやるといった成功を夢見て、今アルバイトをしながら努力を続けている、といった若者が社会では肯定的に受け入れられた時期でもありました。アルバイトによって得られる収入は金額的には今よりも低い時給だったですが、アルバイト収入の金銭感覚は今よりも良かったのではないかと思います。
「フリーター」という言葉がいつから使われ出したがよく覚えていません。当初この言葉が出てきたとき「フリーター」というカッコいいライフスタイルで、積極的に将来の夢に向かって努力している若者というニュアンスとして使っていたように記憶しています。
1990年にバブルが崩壊し日本社会は長い混迷の時代に入りました。高校生が卒業後に「フリーター」となって、アルバイトによる収入によって生活し、かつ会社に正社員として就職することなく、フリーターの生活を続けると生涯賃金が低くなってしまうことが高校の進路指導で問題となってきました。現実に夢を叶えて成功することができたのはほんの一握りのフリーターであり、ほとんどが年齢が上がっていき、仕事の経験を積むようになっても決して収入は上がっていかない現状が明らかになってきたからです。
しかし一方で、以前はいくらでもあった高校への求人は急激になくなっていき、高校生の就職活動は次第に困難となっていきました。さらに不幸な追い打ちをかけたのは、1990年代前半時期は、第2次ベビーブームの若者が高校に入学し、卒業する時期であったことです。1990年代中途から2000年代前半を就職氷河期と呼ぶ向きもあるほどですが、就職活動を行っても実際に希望の仕事がないために、高校卒業後アルバイトを行う若者が増えた時期でもありました。
しかし、この時代にはいまだに高校生の中には前の世代を後遺症からか、「夢追いかけ」型のフリーター志望の者もまだまだ多くいたように思いますし、学校に送られてくる様々な就職関係の資料も「夢追いかけ」型コンセプトで作られていることが多かったように記憶しています。
1月11日(水)、武蔵野美術大学へ大学見学に伺いました。インテリア科の2年を対象に希望者を募って行ったこの大学見学は、空間演出デザイン学科・工芸工業デザイン学科・建築学科とインテリアや空間デザインに関連する3学科について、各学科の教授から直接ご説明頂いたり、卒業制作の制作の様子を見学させて頂いたりと今後の進路を考える上でとても参考となるものでした。工芸高校の卒業生も作品の説明をしてくれて、あこがれの大学をより身近に感じることができました。 全日制では12月21日に、スクールカウンセラーの市原千絵先生のお話を聞きました。市原先生は御講演のタイトルに「都立工芸生の処方箋」という副題としてつけられていて、都立工芸の生徒の特徴を巧みにとらえたお話をしてくださいました。工芸生が作品制作の課題を多く抱えていること、そして常に作品を評価される立場にあることを触れられて、他の普通科の一般的な高校生と立場であることを指摘されました。そのことを踏まえて、心の自己管理のことを多くお話しになりました。お話の中にはキーワードがいくつもあり、例えば「自由とは他者から嫌われることである」というアドラーの言葉を引用して、「嫌われると自由になる」という言葉があったり、「人とうまくやっていくテクニックより、自分で自分を立て直す」とか「クールに自分を観察する」といった言葉があったりして、なるほどと思いながら聞きました。
生徒の皆さんは「自己管理」ということを、小学校や中学校から何回も言われてきていると思います。でも「自己管理」はとても難しく、大人でも完璧に自己管理できている人は少なく、私も自分で自分のことをきちんと管理できているか、と言われると自信をもって「できている」と言うことができません。
都立工芸生にとって自己管理とは、全日制の生徒であれば、夜更かしせず朝早く起きて学校に通うことであり、定時制の生徒であれば、給食の時間に間に合うように、あるいは1時間目の授業に間に合うように登校することであり、どちらの生徒も毎日の繰り返しの中で、課題を期日まで提出できるようにスケジュールをきちんと調整し、睡眠時間をしっかりと確保して心身の健康を保ち、勉強に励み、自分の技術を磨き、知識、教養を身に付けていくことです。
しかし、何かのはずみで、例えば体調を崩した、人間関係に悩んで課題が手につかなかった、あるいは、自分ではなくて、家族が体調を崩して面倒を見なければならなくなった、といったことで、微妙なバランスの上に立っていた自己管理が崩れてしまうこともあります。そういう中で課題が間に合わなくなって、つらい思いをした人もいるかもしれません。
自己管理のバランスが崩れたときに、学校であれば友達に相談したり、先生に相談したりして立て直すことができます。市原先生のお話の中にもありましたが、一人で抱えないことがバランス回復のコツであるように思います。
ところで現在、社会問題として「貧困」が大きく取り上げられるようになってきました。テレビや新聞、いろんな書籍で「貧困問題」が論じられています。最近やっとこの問題には複合的な原因、例えば社会的な構造、歴史的な経緯、経済状況や労働環境の劣化があることが考えられるようになってきましたが、ちょっと前までは、貧困に陥るのは自己責任であるという論調が多く見られていました。例えば若者が就職してもすぐに退職するのは本人に根性がないからだ、忍耐する力が育っていないからだ、だから、会社を辞めた後アルバイトを続けていて、結果として就職できなくなって低収入のまま高年齢となっても自己責任であるといった論です。最初に入った会社が労働基準法を無視するブラック企業であったり、犯罪まがいの事業を行っていたりして、離職するのもやむを得ないことがあることや、いったん職を離れた人が再就職をするための道筋が日本の社会の現実としてきわめて厳しい、ということや、どんなに優秀な仕事ができる人であっても派遣社員であると、正社員になっていくことが難しく、高い収入を得ることができない、といったことにやっと社会全体が気が付き始めました。しかし、若者が学校を卒業し、社会に出ていったときに、何かのはずみで離職せざるを得ないことが起こり、その結果として貧困のループにはまり込むことは、誰の身にも起こることである社会的な状況であることに変わりはなく、そのときに自己責任で片付けられてしまうこともあり得るのが、今の日本の状況だと思います。
都立工芸でがんばっている生徒の皆さんがそうした状況に陥ることがあってはならない、そして悪いループの断ち切ることこそが、教育の役割だと考えています。自分の人生は自分でデザインできる、そういう社会であらなければならない、とも思っています。しかし、こうした悪いループにはまり込まない何よりも一番の予防方法は、自己管理をきちんと行うことであることも考えておかなければならないことです。そして自己管理は継続を要することであるのも知って欲しいです。悩みを抱えている人も大勢いるのだろう、困難な状況に直面している人も少なくない、しかし、「今日解決できなかった問題は明日必ず解決できる」信念をもち続け、しっかりと自己管理をお願いします。 【受付期間】 平成29年2月1日(水)から2月28日(火)までの平日午前9時から午後5時まで ※2月7日(火)8日(水)24日(金)は行いません。  年間でこの時期しか団体登録をおこなっていません。 【提出書類】 ① 都立学校施設使用団体登録申請書[施開様式2] 1部 ② 登録団体構成表[施開様式3]         1部 用紙は東京都HPからダウンロードするか、学校に取りに来てください。 【提出先】 都立工芸高等学校 経営企画室 【その他】 不明な点等ございましたら経営企画室までご連絡をお願いいたします。 文京シビックホールにて平成29年2月19日(日)に公演予定のオペラ『トゥーランドット』のチラシに、デザイン科3年生 遠井 りなさんのイラストが採用されました。  
12月19日(月)に卒業制作プレゼンテーションを行いました。
卒業制作は3年生が集大成として、自分でテーマを決めて作品制作に取り組みます。
マシンクラフト科では、個人制作と協同制作の2つの課題を行っています。
今回のプレゼンテーションでは個人制作について発表をしました。
一人5分の持ち時間で、作品のコンセプトや制作過程、アピールポイント、苦労したところなどをプレゼンしました。
写真はその時の様子です。
卒業制作の作品は、3月3日(金)~3月5日(日)に東京都美術館に於いて開かれる「卒展」に展示されます。足を運んで見て頂けたら幸いです。
平成29年1月18日(水)、授業公開のご案内です。 見学を希望される人は下記の申込用紙を記入して、本校にファクシミリを送信してください。 ※受付は17:30~ 学校説明会18:00~ 授業公開18:40~になります。   授業公開申込用紙はこちら       お正月にスマホの機種変更を行いました。今まで使っていたスマホに不満があるわけではないけれども、何年か使っているうちにいろいろと不具合が出てきたので、仕方がなく最新式のものに変更しました。
新しいスマホを自宅に持って帰ったところ、家族から、今まで私のスマホにはLINEが入っていなかったので連絡がとりにくくて困っていた、新しいスマホに変えたならLINEを必ず使えるようにしろ、という強い要求がありました。実は私はLINEに対してあまり良い印象を持っておらず、他のSNSはダウンロードしていましたが、頑なにLINEを使えるようにすることを拒み続けていました。スマホの初期設定を行い、必要なアプリをダウンロードした後で、仕方がないのでLINE入れてみました。本当は私がやってみるとLINEアプリのダウンロードがうまくいかないので、どうやればいいか娘に聞くと、私のスマホを取り上げて、たちどころに操作してLINEが使えるようにしてしまいました。私は世の中の動きにすっかり遅れていることを実感させられ、厳しい現実を突き付けられることになりました。
さて、とりあえず入れてみたLINEには、大勢の人からメッセージがありました。何だか変てこな「スタンプ」だけを送信してくる人もいました。それはそれでありがたいのですが、連絡があれば返事をしないと人間関係に支障をきたすと考え返信をしました。これまでLINEを普通に使っている皆さんにとっては、別に驚くようなことではないけれども、LINEにはしょっちゅう連絡が入ります。他のSNSとは比較にならないほどLINEはコミュニケーション密度が高くて濃い。このようにコミュニケーション密度が濃いところがこの日本に住んでいる人たちの性格に合っていて、他のSNSよりも広く使われるようになったのではないかとも考えました。
さて、私は時間が空くと本を読んでいることが多く、読書中にLINEが入ると思考が中断し、何を読んでいてそれについてどんなことを考えていたか、すぐに戻れなくなっていることに気が付きました。LINEをやってみて私の受けた印象は、読書とLINEは相入れない。言い換えれば、まとまった思考とLINEは相入れない。ということは、工芸生の作品制作とLINEも相入れないだろう。何か集中してものを考えなければならないとき、新しいものをつくり出すために他のことを一切遮断しけなければいけないとき、LINEは邪魔な存在と言わざるを得ない。若くて柔軟性が高い工芸生はバランスをとりながら上手くやっているかもしれないが、思考を分断されながらつくった作品が良い作品になるわけがない、と私は思います。思考や創造に遮断や中断があってはうまくいかないでしょう。SNSの中でも、LINEが高密度なコミュニケーションツールであるがゆえに起きる問題であると思います。
LINEをやってみて、こんなことを感じるという話を家族にしたところ、設定が下手だからだと言われました。きっと上手に設定することができれば、読書とLINEは両立することができるかもしれません。