平成28年度に受検した文部科学省後援「第44回レタリング技能検定」において、デザイン科の2年生33名が3級に合格し、2年生2名が2級に合格しました。 レタリング技能検定は、文字デザインに関する知識と、文字を造形する技術を問う検定試験です。 なお、合格者の中から特に優秀な成績を収めた者として、以下の3名の生徒が入賞しました。 【3級 優秀賞】  2年生 大作 萌 さん、山戸 菜摘さん 【3級 優良賞】  2年生 白川 桃圭 さん 3月21日(火)デザイン科の1、2年生を対象に、先日卒業を迎えた先輩から進路活動の体験談を聞く進路報告会を行いました。 4月からデザイン関係の会社や美術系大学・専門学校に進む4名の卒業生を招き、それぞれの進路活動の流れや受験対策の取り組みなどを語っていただきました。 進路決定に至るまでの迷いや困難をどのように乗り越えたのか、日々の過ごし方や受験勉強の仕方など、自身の経験から得た後輩たちへのアドバイスもたくさん聞かせていただきました。 1、2年生の皆さんも、先輩の話を参考にして、希望進路実現に向けて頑張りましょう!   今から30年以上前、教員になって初めてもらったボーナスで、日本国語大辞典という国語辞典としては最大級の規模とレベルの辞書を買いました。本屋さんで割引してもらいましたが、10巻本の縮刷版で10万円以上の値段だったと記憶しています。しかし、どうしても欲しい辞書だったので、他の欲しいものはたくさんあったのですが、新しい服とか新しい腕時計とかを我慢して辞書を購入しました。購入した辞書を早速本棚に入れ、時々分からない言葉があると、いちいち書棚から取り出して、重たい辞書を膝に乗せてページを繰りながら調べるのが楽しかったです。その後何回か引っ越しましたが、そのたびにこの辞書を持ち歩いていて、今住んでいるの家の本棚にもちゃんと収まっています。
ところで、このブログにも書きましたが今年スマホを新しくしました。まったく使いこなせないのではありますが、適当にいじくりまわしていると、AppStoreなるところにいろんなアプリがあることに気が付きました。それを眺めていると、日本国語大辞典がアプリとして売られていることが分かりました。値段を見ると何と4800円!がっくりきました。あの日本国語大辞典が、国語辞典の中で最大級の辞書がたった4800円で売られてしまう世の中になったのか!
そもそも辞書の編纂は大変な労力が必要と言われています。日本国語大辞典にいたっては、上田万年・松井簡治にはじまった辞書の編纂作業が、親子3代に渡って継続されたと言われています。さらに金田一京助、新村出、諸橋轍次といった日本を代表する国語学者、漢語学者が編集顧問として加わっている辞書で、言うならば日本語に関わる研究者の英知の結晶と言っても過言ではないと思います。
辞書の編纂を題材とした小説に「舟を編む(三浦しをん作 光文社文庫)」という作品があります。辞書編集の担当者となった出版社の社員の奮闘をほんわかとした筆致で描く、なかなか面白い作品です。三浦しをん氏は小説を書くにあたり、丁寧に取材をしていらっしゃるということなので、小説の中で描かれている辞書編集の作業手順や作業工程はおそらく正しく事実をなぞっているのではないかと想像します。興味がある人は小説をお読みください。「舟を編む」は映画にもなり、話題作だったように記憶しています。
さて、日本国語大辞典がアプリになっていることがショックだったというお話を、都立工芸の国語科の先生方にお伝えしたところ、ある先生が調べてくださり4800円ではなく、7800円が正しい値段であること、アプリになっているのは日本国語大辞典の精選版であることを教えてくださいました。精選版はやや収録語数が少ないですが、それでも辞書としてはきわめて大規模な国語辞典であることは変わりありません。
そんなわけでこのアプリを購入しようか迷っていますが、購入してしまうと何か大事なことを失ってしまうような、何に負けてしまったような後悔の念が起きはしまいか、そんなことも心をよぎります。実は最近本棚から日本国語大辞典を取り出して膝に乗せる機会がめっきりと減っているのは事実です。なぜかというと、分からない言葉があると、すぐにググってしまうからです。堕落以外の何ものでもありませんが、スマホを使って言葉を調べるのであれば、ググるよりも日本国語大辞典のアプリで調べたほうがよいようにも思っています。 月17日(金)デザイン科1、2年生合同で、埼玉県立近代美術館で開催されている「カッサンドル・ポスター展」を鑑賞しました。 カッサンドル展では、色彩や構図に迫力のある大きなポスターに圧倒されつつ、美術館職員の方によるわかりやすい解説に耳をかたむけました。 また埼玉県立近代美術館は名作椅子を多数所蔵していることでも知られ、これまでに授業で学んだことのある数々の椅子に実際に座るワークショップにも参加しました。   今日は修了式では、皆さんに来年度の作品制作のお願いを話したいと思います。
東日本大震災のときに皆さんは何年生だったですか。小学生だった人が多いのではないかと思います。震災直後のテレビのコマーシャルは、ほとんどのスポンサーが自粛していたため、ACジャパン広告機構のCMしか放送されないような状況だったのを覚えていますか。
ACジャパン広告機構のCMは何種類かあったように思いますが、その中でも、
「「こころ」は だれにも見えないけれど 「こころづかい」は見える
 「思い」は 見えないけれど 「思いやり」は だれにでも見える」
というCMがあったのを覚えているでしょうか。実は私も忘れていたのですが、調べものをしていて、たまたまこの言葉の出典である元の詩に行き当たり、ああそういうCMが流れていたなあということを思い出しました。オリジナルは宮澤章二という詩人の「行為の意味」という詩です。ちょっと読んでみます。

行為の意味
—–あなたの<こころ>はどんな形ですか
と ひとに聞かれても答えようがない
自分にも他人にも<こころ>は見えない
けれど ほんとうに見えないのであろうか

確かに<こころ>はだれにも見えない
けれど<こころづかい>は見えるのだ
それは 人に対する積極的な行為だから

同じように胸の中の<思い>は見えない
けれど<思いやり>はだれにでも見える
それも人に対する積極的な行為だから

あたたかい心が あたたかい行為になり
やさしい思いが やさしい行為になるとき
<心>も<思い>も 初めて美しく生きる
—–それは 人が人として生きることだ

宮澤章二は他にも数多くの作品を残した詩人だそうですが、一番に有名なのは「ジングルベル」の歌の歌詞ではないかと思います。
ところで、都立工芸では授業で作品のプレゼンを行なうことが多く行われていますね。特に卒業学年になると、各科では課題研究のプレゼンを行なっています。今年度末、各科で行われたこうした課題研究のプレゼンの中に、工芸高校の先生やクラスメート、先輩や後輩に「感謝の思い」を作品の形にしたいと考えた、というものがありました。いろんなことを教えてもらった、苦しいとき、つらいときに支えてもらった、工芸祭でお世話になった、こうしたことに対しての「感謝の思い」をぜひ作品として表現したいと考えて、この作品をつくりました、と言うのを聞き、すばらしいことと感心しました。
そこで皆さんへのお願いになるのですが、皆さんが進級して作品制作をしていくにあたり、ぜひ何かどこかで、誰かに対しての「感謝の思い」を形にすることにも取り組んでほしい、ということをお願いしたいと思いました。もちろん皆さんの中には自分がつくりたいものがはっきりしていて予定ができている人もいると思いますので、可能な限りで結構です。制作の中には一つでもそうしたことに取り組んでもらえるといいなあ、と考えました。宮澤章二の詩では「思い」は見えない、とありますが、皆さんは「思い」を形にして見ることができるものとすることができる。それは工芸生のとてもすばらしいところでもあると考えます。
4月になると新入生も入学してきます。短い春休みですが、この期間にエネルギーをためて、新年度に向けてよいスタートがきれるように準備をお願いします。
新しい学年で、   心も体もリフレッシュしていきましょう。     平成29年4月給食メニュー         H29年度 東京都立工芸高等学校 全日制課程 推薦 面接・作文得点分布についてお知らせします。詳細は下記のPDFをご覧ください。 H29年度推薦 面接・作文得点分布(PDFファイル 193KB) (URLをクリックすると別ウインドが開きます)   私が卒業した青森県立高校では、授業中生徒の集中が切れて生徒を授業に引き付けることが困難になると、東京からの転校生(私のこと)に話題を振って、生徒の集中を引きつけようと試みる先生がいました。私にとっては迷惑なことで、つっけんどんな答えをして、今から思うと随分と先生方に失礼な言動も取ったように思います。
そんな中で、ある英語の授業でモナリザの話になりました。モナリザは皆さんも御存知の通り、レオナルド・ダヴィンチの傑作で、ルーブル美術館に収蔵されています。1974年(昭和49年)に一回だけ日本に来て、東京国立博物館で公開されたことがありました。その英語の先生はわざわざモナリザを見るために、青森から夜行列車に乗って(当時東北新幹線はまだ開通していませんでした)東京に来て、感動してモナリザを見たそうです。
その先生は私に言いました。「君はモナリザを見たか。」モナリザが公開された時、私は小学校6年生で、2時間も3時間も並んでモナリザを見たいとは思いませんでした。実はモナリザが来日したことには興味はありました。それは美術そのものが好きで、その頃毎週1冊ずつ発売される世界美術全集を少ないおこずかいを工面して買ってファイルしているぐらいでした。でも、当時のニュースで、ものすごい混雑ぶりが報道されていて、その行列に並ぶ気は起きませんでした。
「いいえ、見ていません。」と私は答えました。するとその先生は言いました。「馬鹿だなあ。何で見に行かなかったんだ。もう二度と日本には来ないんだぞ。」モナリザを見なかったことが「馬鹿なこと」だとは納得できなかった私は少しムッとして言いました。「ルーブルで見るので東京で見る必要はありません。」周りのクラスメートは私が冗談を言ったと思って笑いました。先生はちょっと鼻白んだようで、モナリザの話題を打ち切って授業に戻りました。
そのことがあった後、私は東京に戻って大学に進学し、さらに大学を卒業して都立高校の教師になりました。青森の高校の英語の授業のやりとりは決して忘れることはなく、必ずフランスに行き、ルーブル美術館に行くことを心に誓っていました。そして、夏休みの部活動の指導の隙間を何とか確保し、フランスに行くことができ、ルーブル美術館に着いた時は感無量だったと記憶しています。
ルーブル美術館は広大でした。1日で見て回るのは不可能な広さでした。そして展示されている美術品は、私がおこずかいを工面して買った世界美術全集に掲載されている有名な作品ばかりでした。どこをどのように通ってモナリザの前にたどり着いたのか全く覚えていません。遠目に「あそこにモナリザがいる」ということが分かり、真っ直ぐにモナリザの前に進みました。モナリザは厳重にガラスで守られていて、大勢の見物客で絵の前になかなか進めませんでした。やっとモナリザの正面に立った時、想像していたよりも小さな絵だという印象を持ちました。絵の美しさ、謎の微笑を鑑賞するよりも、約束を果たしたというホッとした気持ちになりました。
さて、一昨日から上野の国立科学博物館で大英自然史博物館展が始まりました。始祖鳥の化石のホンモノ(写真では誰もが一度は見たことがあると思います)が展示されています。
「君は始祖鳥を見たか。馬鹿だなあ。もう二度と日本に来ないんだぞ。」 第12回 全日本学校ポスター甲子園(主催:株式会社総北海)において、2016年度の工芸祭ポスター(3年グラフィックアーツ科 折久木佑奈さん)の作品が、準グランプリを受賞しました。全国57校の応募の中で、初参加での受賞となりました。おめでとうございます! 第12回全日本学校ポスター甲子園 【上記のリンクをクリックするとポスター甲子園のサイトが別ウインドで開きます】   都立工芸高校の卒業生からは、過去に4名の人間国宝となられた方が出ています。
そもそも人間国宝は何か。重要無形文化財保持者として、その分野で認定されたきわめて高い技術や能力をもつ人物を指す通称ということです。無形文化財とは、「演劇、音楽、工芸技術その他の無形の文化的所産で我が国にとつて歴史上又は芸術上価値の高いものをいう(文化財保護法第2条第1項第2号)。」ことです。そうした人間国宝に認定される方が4名もいらっしゃるということは、この学校の技術指導の高さを表していると思います。
さて、その都立工芸高校出身の人間国宝である須田賢司先生の特集記事が、3月11日の朝日新聞土曜日版(be on Satuaday)に掲載されていました。「指物と漢詩 モダンに融合」という見出しになっていて、須田先生が中学校のころ教科書で読んだ魯迅の「故郷」や吉川幸次郎、三好達治「新唐詩選」、竹内好の文章に影響を受けたことが記事になっていました。
そして、こうした記事の内容に加えて、須田先生の工芸観についても書かれていて、「工芸品とは実用の形を借りながらも鑑賞に耐えうる美しいもの、持つことで生活が豊かになるもの」といった言葉が紹介されていたり、「海外に指物の技術を教えに行くと、工芸は「クラフト」と訳されることが多い。しかし、実用的な技術の意味合いが強いクラフトという言葉は、生活で使うものでありながら芸術性を兼ね備えているという自身の工芸観に照らすと、どうもしっくりこない」ことや「カラオケという言葉が今では世界で通じますよね。同じように、コウゲイという言葉で外国でもわかってもらえるように、海外で広めたいと思っています」というお話が紹介されていたりしています。
この記事は朝日新聞のウェブサイトの会員ページでも見ることができますので、お読みいただくとよいと思います。