定時制では、5月2日(火)に新入生歓迎会を実施しました。 毎年恒例、生徒会の主催で上級生が新入生を歓迎する行事です。 文化部をはじめ、生徒や教員が日頃の活動の成果を披露しました。   写真左上から ①服飾部のファッションショー ②ダンス部の発表 ③音楽部の演奏 ④生徒会のメンバーが司会進行を行いました ⑤最後は全員参加のビンゴ大会     新入生のみなさん、入学おめでとうございます!     先日、知り合いの先生と雑談をしていた時に、「そういえば、最近電車の中でマンガ雑誌を読んでいる人を見ることがなくなったねえ。」ということをおっしゃいました。
確かに一時代前の通勤電車では、30代ぐらいのサラリーマンを中心に、少年ジャンプやヤングマガジンといったマンガ雑誌を読んでいる人が大勢いました。少し年齢が上の層の人たちは、新聞を小さく折りたたんで読んでいました。そういう人たちが朝の通勤電車で読んでいる新聞は日経でしたが、帰りの電車では夕刊フジを読む人が多数派でした。
少年ジャンプや少年マガジンの読者層よりも年齢が上の層をターゲットとしたマンガ雑誌も数誌あって、「ヤンマガ」とか「ヤンジャン」とかの略称で呼ばれていました。インターネットで検索してみると、10年ぐらい前の書き込みに、電車の中で「よい大人」がマンガ雑誌を人前で読むことへの批判的な書き込みがいくつもヒットします。新聞では、外国人からなぜ日本人のビジネスマンはマンガ雑誌を持ち歩くのかという質問を記者が受けたというコラムを読んだ記憶もあります。
その当時は、日本人の知性と教養の低下が、電車の中でのマンガ雑誌の読書につながっているというような受け取り方を感じていましたが、今になって思えば10年ぐらい前までは、日本の最もクリエイティブな才能がマンガ界に集まり、優秀な作品を次々と生み出していたということなのかもしれません。
マンガ雑誌の発行冊数は、この10年ぐらいで大きく落ち込んできているようです。「コロコロコミック」のように、あまり発行冊数が落ち込んでいないマンガ雑誌もありますが、「少年サンデー」や「なかよし」のように、3割、4割にまで落ち込んでいる雑誌もあり、全体として大きく減少傾向にあります。
かつて電車の中でマンガ雑誌を読んでいた人たちは、現在スマホでゲームをやっていたり、LINEで誰かと連絡を取っていたり、オンラインニュースを読んでいたり、いずれにしてもスマホに移行してしまいました。ただしクリエイティブな才能もこうした電子化業界に移行したかどうかはよくわかりません。かつてのクリエイティブな才能が生み出したマンガは、アニメの現在として活用され、日本が発信する文化として世界中で認知されるようになりました。電子化業界にクリエイティブな才能が移行していて、それが何らかの日本の発信する文化にまで成長するかどうかはこれからだと思います。
ゴールデンウィークの中日にグラフィックアーツ科は見学会・撮影会を行いました。 5月1日(月)は午前中に東京海洋大学品川キャンパスにあるマリンサイエンスミュージアムの見学をしました。様々な展示物を見たあと、大学内にある食堂にて昼食をとらせていただきました。午後は京浜急行線を利用して品川駅から大森海岸駅へ移動。大森海岸に着いたのち徒歩にてしながわ水族館に行きました。突然の雷雨で濡れてしまった人もいましたが、全員無事着くことができ、イルカショーを見たり多くの海洋生物の写真を撮ることができました。 5月2日(火)は多摩動物公園で撮影会を行いました。晴天に恵まれ、生徒たちは動物たちの様子をカメラに収めていました。工事中でライオンやゴリラなど、会えない動物がいたのが残念でしたが、広い園内をたくさん歩いて様々なものを見ることができた1日になりました。 6月に撮影会の写真展を工芸高校生徒昇降口にて行います。6月10日(土)にある授業公開(保護者会同時開催)の際に生徒たちの力作をどうぞご覧下さい。 写真は見学会・撮影会の様子です。 04294月29日(土)にインテリア科・春の校外見学会を両国~浅草駅周辺で実施しました。       1学年は4月27日(木曜日)に1回目のグループエンカウンターを実施しました。   各クラスに分かれ、集団プログラムを実施しました。   実施後の生徒からは「普段話さないクラスメイトと話せて楽しかったです。」と意見が多数出ていました。       都立工芸の卒業生で高名な方に川本喜八郎氏という方がいらっしゃいます。
この方は戦前の府立工芸学校を卒業後、現在の横浜国立大学を経て、人形作家、アニメーション作家として活躍をされました。私の記憶と印象では、NHKの人形劇である「三国志」「平家物語」が圧倒的です。ドラマの登場人物は生きているかのごとき人形たちで、愛憎、別離、戦闘など、さまざまな場面が演じられていたことを思い出します。
喜八郎オフィシャルサイトには、人形を制作する苦労についての記述があり、例えば回想「三国志」には『三国志に登場する名のある人物だけでも3000人位いると云われているが、NHK人形劇『三国志』では、 その中で名のある人物約200人を作った。文楽では、カシラにそれぞれ若男、源太、文七などと名前が付いていて、 役柄に合わせて使うカシラが決まっている。つまり、非常に高度な典型化が出来ている。 三国志では、その典型化をさらに個のレベルまで進ませて、玄徳は玄徳のために生まれてきた、 周瑜は周瑜のために生まれてきた、というふうに、彼等が生まれてくるのをお手伝いする、という作業を続けた。 三国志漬けの毎日で、苦しさも楽しかった。孔明のカシラはなかなか生まれてくれなくて、出来上がってみると、 「私は違うよ」とのたまい、4度作り直して、くたくたに疲れ果てた夜中に、やっと「私が孔明だ」と名乗りをあげてくれた。 乱世の群雄たちも、つぎつぎに生まれてきたが、今となっては、個々にどんな状態で生まれてきたのか、 思い出すのも難しい。』といった興味深い内容が掲載されています。
喜八郎オフィシャルサイトにもありますが、日本には文楽という独自の人形劇があり、人形づくりの高度な技術に加えて、演じる際の所作、仕草をどのように表現するのか、そのために人形をどのように操作するのか高い洗練された技術が継承されていて、観客を魅了する伝統芸術となっています。日本には人形に感情を移入して、あたかも生きている人間として感じ取るような文化的な基盤が存在するのかもしれません。
 さて、昨日、日本テレビの「バンキシャ」という報道番組で「オリヒメ」というコミュケーションロボットの紹介が放送されていました。オリヒメはそれ自身に搭載されたコンピュータのコントロールによって動くのではなく、タブレットを通して人間が操作して動くロボットでした。コンピュータを搭載してその判断で動いたり、会話したりする「ペッパー」のような種類のロボットではなく、オリヒメは高さが21cmで上半身のみのロボットで、自分の「分身」「替わり」として機能する分身ロボットであるということです。放送では、入院している子供が授業を受けるため、入院している病院から離れた場所でオリヒメが子供の替わりに授業を受け、その画像が子供の前の画面に映し出されている様子や、ALS(筋萎縮症側索硬化症)の方が自分の気持ちを表現する手段としてオリヒメを使用する様子が放送されていました。オリヒメを開発した吉藤健太朗氏は小学校のときに3年半引きこもっていて、自分の替わりに学校に行ってくれるアバターが欲しいと思ったことが、オリヒメをつくる動機となったそうです。
ロボットも人形の一形態ということができるので、そのロボットに気持ちや思いを相手に伝える機能を付与するといった発想はもしかしたら、日本の伝統的な考え方の線上にあるのかもしれない、といったことを感じました。