2017
06.27

「不安な個人、立ちすくむ国家〜モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか〜」について

先月(平成29年5月)、経済産業省若手官僚たちが一つのプレゼンをまとめました。タイトルは「不安な個人、立ちすくむ国家~モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか~」です。

これからの社会はどのような方向に進むのか、そのために今、何を学習し、どんな進路を選択していくべきか、そのことを考えるときにどんな視点があるのか、などが、見通しを立てることが困難な時代に生きる高校生が考えなければならないことです。「不安な個人、立ちすくむ国家~モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか~」は、国の中枢にいる若手官僚が、これからの社会はどのようでなけれねばならないのか、そのために国民が、あるいは社会が選択していくことは何か、そのことを考えるにはどんな視点があるか、といったことを有識者の意見や様々なデータを基にまとめています。

このプレゼンは次の3つの章から成り立っています。
1 液状化する社会と不安な個人
2 政府は個人の人生の選択を支えられているか?
3 我々はどうすれば良いか
現在、私たちの多くは、現状を変えられない不満、将来生活が成り立っていくかどうかの不安を抱えていますが、このプレゼンではそのことを「液状化する社会と不安な個人」と表現しています。そして、
「人類がこれまで経験したことのない変化に直面し、個人の生き方や価値観も急速に変化しつつあるにもかかわらず、日本の社会システムはちっとも変化できていない。
このことが人々の焦り、いら立ち、不安に拍車をかけているのではないか。
なぜ日本は、大きな発想の転換や思い切った選択ができないままなのだろうか。」
と述べ、さらに、
「(1) 定年後、まだまだ働きたいのに、働く場所がない
(2) 人生の終末期に過ごす場所を、望み通り選べない ・・・手厚い年金や医療も、必ずしも高齢者を幸せにしていない 一方で、
(3) 母子家庭になると、半数以上は貧困に
(4) 一度、非正規になると貧困から抜け出せず、子どもまでも ・・・社会のひずみの縮図のような弱者が生まれている また、
(5) 若者の社会貢献意識は高いのに、活躍できていない
こんなもったいない状況を放置していいはずがない。」
と、現状をまとめています。

作成したのは、経済産業省の若手の人たちですので、日本を代表する大学を優秀な成績で卒業し、国家公務員試験に合格しています。経済的にも恵まれた家庭環境に生れ育った人も多いと想像できますが、そうした人たちがこのプレゼンにおいて、日本の置かれている厳しい状況や社会的、経済的な弱者、子供の貧困問題、母子家庭に真剣に目を向け解決の糸口を探そうとしていることを評価したいです。ネット上では毀誉褒貶いろいろと評価を受けているようです。中には感情的とも思えるような否定的な意見もあり、社会の問題点を集約し、解決策を提示することのむずかしさも強く感じるところです。

ちなみに解決策の考え方として次のような提言を行っています。
「このままでは、いつか社会が立ちゆかなくなることは明らか。
若い世代には、そんな日本を見限って、生活の場を海外に移す動きも出てきている。
従来の延長線上で個別制度を少しずつ手直しするのではなく、今こそ、社会の仕組みを新しい価値観に基づいて抜本的に組み替える時期に来ているのではないか。
(1) 一律に年齢で「高齢者=弱者」とみなす社会保障をやめ、働ける限り貢献する社会へ
(2) 子どもや教育への投資を財政における最優先課題に
(3) 「公」の課題を全て官が担うのではなく、意欲と能力ある個人が担い手に(公共事業・サイバー空間対策など)
これにより、個人の帰属・つながりを回復し、不確実でも明るい未来を実現する。」

解決策については、作成者の代表に対するインタビュー記事もネット上に掲載されています。具体性に乏しいとか、現実的な解決策なのか、といった批判や意見も多く寄せられていているようです。

さて、7月2日は都議会議員選挙です。3年生の一部と4年生全員の生徒諸君には選挙権があります。候補者や政党の主張をよく吟味し投票をお願いいたします。

2017
06.20

なぜ「Frozen」の日本でのタイトルが「アナと雪の女王」なのか

先日まで生徒昇降口で全日制グラフィックアーツ科の写真展が行われていました。校外見学会で上野動物園に行った時に撮影した作品です。動物の一瞬の動きや表情をよく捉えているなあと感心する作品がいくつもありました。
一緒に作品を見ていた全日制国語科の松山先生が「作品の良し悪しも気になるけれども、どんなタイトルを付けているか、ということも気になります。」ということをおっしゃいました。一瞬の動物の動きに意味を与えたり、作品としての価値を高めたり、あるいは見る人の視点や方向性を定めたりするのが作品のタイトルである、だからこそ、どんなタイトルを付けるかで作品は生きもするし、死んでしまうこともある、といった主旨のお話をして、「これなんかいいタイトルですね」といくつかの作品を指しました。
作品のタイトルということでは、私にはマルセル・デュシャンの「泉」がすぐに思い起こされました。デュシャンは20世紀初頭を中心に活躍した現代芸術の草分け的存在で、「泉」はデュシャンが「美術とは何か」というテーマを最も大きく投げかけた作品です。どんな作品かということについては、工芸生であれば必ずどこかで聞いたことがあるかと思いますが、工業生産されている便器に架空の人物の署名をして「泉」というタイトルを付け、展覧会に出品したものです。1917年のことでした。出品された「ニューヨーク・アンデパンダン展」では展示を拒否するという経緯もあり、物議を醸したということです。
「泉」のどのように解釈するか、ということについては、世界中のとてもたくさんの人たちが意見を述べていますので、インターネットで調べていただきたいと思いますが、私としては、既成概念から自由になってものを見ること、そして、既成概念からはずれてものと見た場合、これまで気が付かなかったものが、芸術として存在し得ることが提示されたと思います。そして、それが可能となった「仕掛け」は、便器に「泉」というタイトルを付けたことであったと考えます。
デザインや作品にどのようなタイトルを付けるかでその作品の評価が変わってしまうことは往々にして起こります。特に展覧会や映画などでは商業的に成功させなければならないため、タイトルをどのように付けるかは死活問題であるに違いありません。前々回のこのブログではディズニーアートを取り上げましたが、例えばディズニーの映画作品のタイトルは、作品をヒットさせるために、大変な努力が払われて名付けられていることを感じます。なぜ「Frozen」の日本でのタイトルが「アナと雪の女王」なのか、「Moana」という原題名であるので「モアナ」でよいはずなのに、なぜ「モアナと伝説の海」なのか。タイトル作成やキャッチコピーの担当者が何となく付けたり、インスピレーションで付けたりということではなく、いろんなマーケティング調査を経て、タイトルの決定が行われているのではないかと想像します。
タイトルを付けるという行為は、作品の中身をよく判断して、作者が意図する何かしらの方向性を付与して意味付けを行うことなので、タイトルにこだわるのはクリエイターとして当然のことです。今回のグラフィックアーツ科生徒作品のタイトルも、意図としたねらいを効果的に果たしていたものが一定数以上あったことはさすがでした。これからもより効果的なタイトルを付けることを期待します。

2017
06.12

紙の動物園

日本に暮らしている私たちの多くは、お隣の中国や韓国が第二次世界大戦後にどんな経緯を経て現在に至っているかをほとんど知りません。お隣の国の歴史にあまり興味がないだけでなく、自国の歴史についてもほとんど興味がないという困った傾向をもっています。歴史に興味がなくその無知さ加減が、一層隣国での反日的なキャンペーンをエスカレートさせている遠因となっているのではないか、とも思えます。
第二次大戦後の中国は蒋介石の率いる国民党と毛沢東の率いる共産党との内戦を経て、共産党の一党支配の国となりました。共産党を指導する毛沢東は近代化と工業化を推進するために「大躍進政策」を進めたり、党内の権力闘争を勝ち抜くために「文化大革命」を起こしたりして、結果的に中国の発展を阻害したことは否めません。こうした内戦や経済政策、文化大革命が現在の中国にどのような傷を残したのか、小平による指導後、経済的に急激に成長した現在の中国からはうかがうことは困難です。私たちの知っている現在の中国は、日本を抜いて世界第2位の経済大国に成長し、依然として高い成長力を有していること、世界の工場としての生産力を維持し最近では高度な技術力を有するようになってきていること、経済成長とともに富裕層だけではなく一般市民による購買力が向上して魅力的な市場となってきていること、国際社会での政治的な影響力を強め、軍事的に膨張して周辺国と軋轢が生まれてきていること、といったことがあげられます。
私が大学生のときに同じ学科に中国からの留学生がいましたが、きわめて優秀な頭脳をもった方でした。これまで中国からの留学生の方たちとお話する機会がありましたが、私が会った中国の留学生はみなきわめて優秀な方ばかりで、日本の学生は到底かなわないと会うたびに思ったものです。現状として中国が大きく成長している原動力は、こうした優秀な若い人たちの活動に負うところが大きいのではないかと推測します。
さて、戦後の政治的な混乱を芸術や文学といった創作活動に反映させることは、中国の現在の政治体制からすると困難なことではないかと想像します。しかし、戦後の政治的な混乱による傷は必ず存在するはずで、将来のどこかで誰かによって作品に反映されていくのではないか。そんなことを考えていたところ、そうした傷を小説の中に取り入れた作品を読みました。ケン・リュウという作家です。
ケン・リュウは中国に生れ、子供のときにアメリカに移住した人です。法科大学院(ロースクール)を卒業して弁護士として仕事を行うだけでなく、PCのプログラマーとしての仕事も行い、なおかつ小説まで書いてしまうというすごい人です。彼の書いた小説のジャンルはSFに分類されているようですが、単なるSF作家としてではなく、中国人がもっているだろうと思われる傷を、文化の異なる他国の人(アメリカ人や日本人など)が理解できるように小説に取り入れていること、アジア的なものの考え方とヨーロッパ的なものの考え方との対立を小説に反映させていることが優れている点だと思います。もっとも作品の中には純粋なSF小説もあり、中国的なところやアジア的なところが全く無い作品もありますが、アメリカに移住した中国人が自国の様々なことを引きずりながら生きていくというとは、こういうことなのかと感じさせる作品が多々あります。
興味がある方はお読みください。ハヤカワ文庫から「紙の動物園」というタイトルです。続編の短編集も出ています。

2017
06.07

給食の献立

定時制給食の献立を作ってくださっている栄養士の松永先生が、「給食に枇杷(びわ)を出したところ、皮の剥き方が分からない生徒が大勢いて驚きました。枇杷そのものも知らない生徒もいました。」とお話くださいました。
子供の頃、近所の家の庭に大きな枇杷の木があって、初夏になるとオレンジ色の実がたくさんなりました。その家のおじさんはいつも子供たちに「食べていいよ」と言うので、時々勝手に庭に入ってもいで食べていましたが、甘い実にあたるとは限らないので、子供心には正直美味しいという印象はあまりもちませんでした。その頃は、枇杷だけではなく原っぱの野イチゴの実を食べたり、ツツジの花の蜜を吸ったりして、何でも口に入るものをいろいろと食べていたように覚えています。
現在、スーパーマーケットのフルーツ売り場では、枇杷はよく見かける果物ではなくなっているのかもしれません。フルーツ売り場で多くの人の目に止まるのは、アメリカ産のオレンジやグレープフルーツ、ニュージーランド産のキュウイ、メキシコ産のメロンやマンゴー、フィリピン産のバナナやパイナップルといった輸入品ばかりです。これらの輸入フルーツは見栄えもいいし、安く販売されています。国産のフルーツはミカン、リンゴ、ブドウ、イチゴといった限定されたものとなり、しかも輸入品と差別化を図るため、ブランド化して高級品となっています。
近所のおじさんの家の庭に入って枇杷を食べることができるのは、1年間のうちの限られた時期でした。草むらの中の野イチゴを食べられるのも、春先のほんの短い時期でした。当り前のことではありますが、果物には実がなる時期が決まっています。そして果物だけではなく、野菜にも収穫の時期があり、私たちは果物や野菜から季節を感じ取っていました。日本は南北に細長く四季がはっきりしていて、その季節ごとに収穫され、食べることができる食材がはっきりしています。野菜や果物ばかりではなく、魚だって収穫できる時期が決まっています。初ガツオを珍重した江戸っ子からすると、一年中いつでも野菜や果物、魚を手に入れて食べることができる現代人の生活はうらやましいかもしれません。しかし、私たちの食卓が多量の輸入品によってまかなわれるようになった結果として、季節に対する感性は確実に後退しています。
スーパーマーケットのフルーツ売り場で、私たちは年間を通して季節と無関係にバナナを安く購入できます。(最近バナナの病気が流行ってきているため、高くなったという新聞記事を読みましたが)初夏にしか食べることができず、しかも1パッケージ6個入りで500円もする枇杷を手に取ることは稀であるかもしれません。しかし、そうした時代だからこそ、逆に季節を意識して食べるものを選ぶ必要があります。
スーパーマーケットの生鮮食品売り場をぜひのぞいてください。よく探せば多くの果物や野菜が季節限定の食材として陳列していることでしょう。そうした季節限定の食材をよく見て覚えたら、今度は給食の献立をよく見てください。給食の献立が栄養面だけでなく、季節感をはじめいろんなことに配慮されていると気が付くと思います。

2017
06.05

ディズニーアート

小学校に入学する前だったと記憶しています。ある日曜日に父親から、「今日映画に行こう」と誘われました。もちろん子供だった私に異論はなく大喜びでした。世の中の父親の多くがそうであるように、私の父親も平日は仕事で帰宅時間は遅く、子供が寝る前に帰って来たことはありませんでしたし、日曜日はゴロゴロしていて、「遊ぼうよ」とせがむのは 憚られる時が多かったです。
当時、映画館があるのは東京の盛り場で、東京近郊の田舎町に住んでいた私はそんな所へ行ったこともなく、ワクワクしながら電車に乗りました。「子供向けのマンガ映画だよ」という父親の説明から、私は「東映子供マンガまつり」に連れて行ってくれるものと思っていました。しかし、映画館に着いて父親が「この映画だ」と言った映画はなんと「白雪姫」だったのでした。
小学校にあがるか、あがらないかの時期の男の子にとって、「男らしい」という価値は絶対的なものでしたので、知らなかったこととはいえ「白雪姫」などという女の子しか見ない映画に連れてこられ、映画を見てしまうことは、致命的なミスを犯すことになります。固まった私に父親は「仕方がないだろう。きっと面白いぞ」といったこと言い、無理矢理映画館に引っ張り込みました。今にして思えば、おそらく父親は誰かに「お子さんと一緒にどうぞ」というようなこと言われて、映画の鑑賞券を貰い、「うちは男の子だから」と言って受け取りを拒否することもできず、貰った以上息子を強引に映画を見せねばならなかったのでしょう。
そんな大人の事情など想像できるわけもなく、嫌々映画館に入ると、入場した子供は白雪姫からのプレゼントを受け取らねばならないという、さらなる試練が待ち受けていたのでした。プレゼントには2種類あって、白雪姫の絵本か、下敷きのどちらかを選ばなければなりません。どちらも要らない、ということができる空気ではありませんでした。私は素早く絵本には厚みがあり、しかも背表紙に「しらゆきひめ」と印字されているのに気が付きましたが、下敷きは薄っぺらくて本棚の絵本の間に挟み込んで隠せることを見て取りました。友達が家に遊びに来て、「しらゆきひめ」を発見してしまう危険性のより低い選択として、当然私は下敷きを選びました。
そういう経過を経て、生まれて初めてディズニー映画を見ました。実は「とても面白かった」という感想をもったことを覚えています。
「白雪姫」はディズニーの最初の長編カラ−アニメ で、第二次世界対戦前の1937年に制作されました。80分の長編アニメは初めての試みながら、美しい映像と音楽、白雪姫とその継母、7人の小人といったキャラクターが特徴的で、長編カラ−アニメ初作にして傑作といってよく、興行的にも大成功だったということです。ディズニーは「白雪姫」に引き続き、「ピノキオ」「ダンボ」「バンビ」「ファンタジア」といった長編カラ−アニメ映画を続けて発表していきます。こうした作品は戦後に日本に入ってきて、私が子供の頃は映画館で上映されることもあったのだろうと思います。
帰り道、父親が「面白かっただろう?」と言いましたが、男の子のプライドがあり「まあまあかな」というようなことを答えたことを覚えています。
さて、お台場のちょっと先にある日本科学未来館で「ディズニーアート展」をやっています。「白雪姫」の鉛筆による原画もありました。まさしく芸術作品でした。ディズニーアニメがなぜ高い創造性を保ちつつ、興行的に成功し続けているかについては、ぜひ展覧会に行ってお考えください。「白雪姫」の鉛筆画も「眠り姫」や「不思議の国のアリス」の色彩画も「美女と野獣」のCGも「アナ雪」の雪の結晶画も映画とならずとも、一個の芸術として完成した作品でした。
戦前の鉛筆画の美しさから、初めて見た「白雪姫」のことが思い出されました。

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