2017
09.13

もののかたち

手に取ったり、じっと見ていたりしていると、なぜか「ホッとする」形があります。なんて「美しい」と感じる形があります。
 どんな用途のどんな品物であってもいいのですが、「ホッ」としたり「美しい」と感じたりする理由には、大きさや素材、色が関係していることもありますし、自分の経験の中で以前に心の安らぎを感じたこと、感動したことが、目の前の品物に投影されているからである場合もあります。最近は雑貨屋さんやインテリアショップに行くと「ホッとする」「癒される」「心が落ち着く」「安心感を与える」ことを目的とした商品がたくさん販売されていて、工芸高校の生徒たちが制作する作品群からも、「ホッとする」形にしようと意図していることを感じることも多いです。
もののかたちと人の心との関係は、大勢の研究者や制作者のテーマとして、書籍やウェブサイトにおいていろんな人たちが言及しています。あるインテリアに関するウェブサイトには、インテリアイメージを決めるのは、「色」「形」「素材」「質感」の4つの要素であると説明していて、例えばこれを「癒しの雑貨」をつくるための4つの要素と言い換えても、正しい説明として成立するように感じます。しかし、本物の「ホッとする」形、「美しい」と感じられる形をつくり出すのは、こうした知識や理論ではなく、制作中の作品は今どんな形になっていて、歪みや撓みがどのように起こっているのか、完成に向けて現在の作業工程ではどんな方法で、どのように作業を進めて修正していくのがよいか、といった感覚や技術を、経験の中で習得することが必要であるように思います。もちろん工芸高校の生徒諸君は先生方に実習の過程でいろいろと教えていただいていますが、もしかしたら本物の「ホッとする」形、「美しい」と感じられる形をつくり出す能力は、教えられてできるようになるのではなく、自分で感覚と技術を獲得していかなければならないのかもしれません。
さて先日、全M科の鈴木頼彦先生から御紹介いただき、人間国宝の奥山峰石先生の作品展に行きました。奥山先生は鍛金の名工でいらっしゃいます。展示会場には切嵌象嵌、打込象嵌の作品が並び、その文様の美しさ、色彩の美しさはすばらしいものでありました。文様や色彩が美しく感じられるのは地金の美しいからで、金属を叩いて鍛えることによって地金の美しさを引き出しているのだろうと感じました。しかし、そうした美しさは当然のこととして、実は私が一番圧倒されたのは器の形の美しさでした。A科の生徒諸君は全員が経験しているので、鍛金が金属を熱してはたたき、たたいては熱することを繰り返すきわめて根気がいる作業であることをよく知っています。たたくときのほんの微妙な力加減で器の形は変わってしまい、それまでの努力が無駄になってしまう、そんな長時間にわたる緊張感と集中力の持続が必要だと理解していると思います。そうした制作の大変さを微塵も感じさせない形の美しさ、見ている人を安心させる落ち着き具合、人の手がこんなにも微妙で繊細な仕事を行うことができることへの感動を心から感じました。切嵌をしたり、打込をしたりすれば当然器は作者の意図とは別の形に変わってしまうことでしょう。そうしたことも計算しつくして文様や色彩を決め、形をつくっていくのだろうと想像しました。
工芸高校の生徒諸君には自分の思い通り、意図をしっかりと反映している作品を制作して欲しいと思っています。そのためには、実習の授業で課題制作を先生方の御指導をきちんと受け止めてがんばることも大事だと思います。そしてさらに本物を見て、本物を美しさを目指して経験を積んでいくことがとても大切であるように思います。今年度2学期の作品制作を期待しています。そして将来にわたって、良い作品をつくることができるようになっていって欲しいと願っています。

2017
09.07

この秋にお薦めの小説

以前このブログで、ケン・リュウの紹介をしました。中国生まれでアメリカに在住しているSF作家で、第二次大戦後の中国の経てきた歴史と人々の負った傷を作品に反映させているということを書きました。
さて、この夏休みに私が読んだ小説で良かったのは、東山彰良の「流(講談社文庫)」という小説です。主な舞台は台湾です。主人公の祖父は中国山東省で国民党の兵士として、共産党と国民党との抗争に際して様々な残虐行為を行い、その後、共産党に追われて大陸から台湾に渡ったという設定になっていました。主人公はその祖父の死をめぐって真実と自分のアイデンティティをその後の人生で求め続ける、という話になっています。
この小説は作者の東山彰良自身の家族の歴史を小説化したということです。作者の家族ようにアジアの大きな戦争や歴史の流れによって、大陸と台湾、あるいは大陸と半島、日本と大陸、日本と半島を流されて行ったアジアの人たちは大勢いたと思います。東山彰良は山東省から台湾に祖父の代に渡って来て、自分自身は子供の時に日本にやって来たということです。
第二次世界大戦は70年以上も前のこととなりました。アジアで起きたことを、私たちは何も知りません。それどことか関心ももっていないことが多いです。しかし、それではいけないということを痛切に感じさせる小説でした。

2017
09.07

2学期始業式校長講話

 昨年末に文部科学省から発表された中教審答申には、子供たちの65%は将来、今は存在していない職業に就く(キャシー・デビッドソン氏(ニューヨーク市立大学大学院センター教授))という予測が記載されています。学校では生徒たちに将来どんな職業に就きたいか、そのために工芸高校ではどんな勉強をすべきであるか、工芸高校卒業後にどんな大学のどんな学部、学科に進学するのがよいか、という進路指導を行っていますので、キャシー・デビッドソン氏の予測が正しいのであれば、進路指導を根底から見直す必要があるのではないか、と考えられるかもしれません。
 では、今存在していない職業とはどんな職業なのでしょうか。
 今年の4月にソニー生命という会社が発表した中学生の将来なりたい職業の男子の3位と、女子の10位に「YouTuber」が入りました。まだ職業選択が現実的ではない中学生の夢や希望が反映した調査結果だと思います。この「YouTuber」という職業はこの1年~2年で多く見かけるようになり、またこの夏休みの間、インターネット上では、「YouTuber」に投資する「VALU」において不正が行われたのではないか、ということが話題になったお陰で、新しいことに疎い中高年の年代の人たちにもすっかり定着したのではないかと思います。しかし、少なくとも私が校長になった6年前には存在していない職業でした。動画を制作してYouTubeに投稿して、その動画を利用者が再生するたびに広告収入を得ることができる、というシステムが立ち上がり一般化して、それにより収入を得ることができるにようになったのはこの5年ぐらいのことと思います。今では「はじめてしゃちょー」「HIKAKIN」といった有名「YouTuber」が存在するようになっているそうで、年間に数千万円、数億円の収入を得ている、とインターネットに記載されていました。6年前、まさに「YouTuber」は「今存在していない職業」でした。
 インターネットやSNSに関わって「YouTuber」のように、一般化していない新しい収入を得る方法がすでに存在しているかもしれません。あるいは様々な新しい技術開発の周辺では私たちには知られていない職業がすでに始まっているのかもしれません。あと何年か経って私たちが職業として認知するような仕事がすでにあるのかもしれない、そんなふうに感じています。
 では、新しい職業は、今皆さんが勉強していることと全く別次元の知識や能力が必要とされるか、というと、私は決してそんなことはないと考えています。
 皆さんがこれまでに存在しない新しい職業に就いたとしても、その職業で求められるのは、これまで存在した職業と同様に、社会の一員として、あるいは会社組織の一員として、きちんと義務と責任を果たすこと、発想力や創造性を発揮して業務の発展に力を尽くすことであることに変わりはないからです。確かに、今皆さんが勉強しているワードやエクセル、イラストレータやフォトショップといったソフトはこれからもずっと使い続けられていくかというと、そんなことはないと思います。就職先では新しいタイプのソフトを使用する仕事をするようになるかもしれないし、ウィンドウズのOSやアップルのOS以外のOSでコンピュータの仕事をすることになるかもしれません。しかし、そうした技術革新に対応できる能力は、今現在使われている技術や知識を身に付ける、伝統技法の技術や知識を身に付ける、国語や数学、といった教科の学力を身に付けることによって、技術革新に対する汎用的な力、応用力の向上につながってくるのです。
 この夏休み中に最上級生の中には会社見学に行った人がいると思います。またAO試験があって進学先の大学が決まった人もいると思います。2学期は最上級生にとって、とても忙しくて自分の進路を決めていく時期となります。進路が決まった人は決して安心せずに、進路決定後にもこれまで以上に学校で勉強している内容を身に付けてください。そのことが卒業後の人生の応用力につながっていきます。下級生はそうした最上級生の様子を見ながら、自分の将来のためにがんばる2学期としてください。特に2学期は工芸祭があってその準備で忙しくなると思います。高い成果をあげる2学期となることを願っています。

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