2017
12.26

韓国の高校生たち(2学期終業式校長校講話)

 先週、韓国からのお客様が2グループ、工芸高校の見学に来ました。1つ目はいくつかの学校が集まって見学に来た木材加工を学習しているグループ、2グループ目は単独の工業高校で機械科の生徒たちでした。さらに2月には別のデザイン系の韓国の高校が工芸高校に見学にやって来ます。
 韓国の生徒たちは、工芸高校の生徒のつくった作品にきわめて強い関心を示しました。展示されている作品を、どうやってつくったのかをとても知りたがり、どんな道具、どんな工作機械を使って、どんな素材でつくるのか、接合はどうなっているのか、仕上げ加工をどのようにしているか、熱心に質問しました。その熱心な様子から、実際に一生懸命に実習を学んでいることが想像でき、かつ、美しいものをつくろう、良いものをつくろうという思いは、韓国の生徒も一緒だと感じました。
 韓国の生徒たちには、それぞれに得意な分野があり、CADライセンスをもっている生徒もいれば、旋盤の検定をもっている生徒もいて、得意な分野に関わる工芸高校生徒の作品に強く興味を示しました。CADライセンスをもっている生徒は、図面を一生懸命見ていましたし、旋盤の検定をもっている生徒は、地下一階のM科の施設をしっかりと見学していったようです。そうした韓国の生徒たちにどんな検定やライセンスがあるのか、どんな実習をして技術を学んでいるか聞いてみたところ、工業技術の基礎的な学習はほぼ一緒だと感じました。日本にはJIS規格があるように、韓国にはKS規格があり、国際規格に基づいた工業高校生の資格検定が行われていました。これからの時代、技術者の交流が進んでいくと、工芸高校卒業生がどこかの現場で、韓国で資格を取得した韓国の若者と作業を行うことになるかもしれません。韓国だけではなく、台湾や中国、アメリカといったそれぞれの国で実施している国際規格に基づいた資格を取得した若者たちと一緒に、同じ現場で同じ作業を行う時代が来るように思います。
 なぜ、韓国の高校の生徒たちが工芸高校に見学にやって来るのか。おそらくそれは韓国では高校生たちに、海外の同世代の高校生たちの様子を見学させ、刺激を受けさせ、技術や知識を身に付けることの必要性を、自覚させようとしているからだと思います。まず自分を高めていかなければ、将来、韓国の産業が国際競争に打ち勝って、生き残っていくことができない、そうなれば仕事がなくなってしまうという強い危機感があるように感じました。
 また、韓国の同じ文化の中で学習するだけではなく、異文化の同世代の若者が、自分とは異なった発想や感性でものづくりに取り組んでいることも、分からせようとしたように思います。同じ文化の中だけでものづくりをしていると、異文化圏の発想や感性を想像できなくなってしまう。隣国である日本の高校生たちの発想や感性を見せたいと考えたのでしょう。
 では、見学を受け入れた私たち工芸高校の生徒諸君に、同じような危機感はあるのかというと、ある人もいると思うし、無い人もいるように思います。知識や技術をきちんと身に付けなければ、将来自分に仕事が無いかもしれないという危機感をもち、授業や実習に臨んでいる人ばかりではなさそうです。また、異文化の外国で、ものづくりやデザインを学んでいる若者たちが、どんな発想や感性で作品づくりに取り組んでいるのかについても、海外のいろんな情報に敏感な人とそうでない人がいるように感じます。
 工芸高校は、多くの生徒がまじめに勉強している学校で、資格やコンペでも成果を上げてきていますし、卒業時に希望の進路先を決定しています。しかし、欲を言えば、工芸生には、これからの時代を世界の若者たちと一緒につくっていこうという気概や、自分がつくったもの、デザインしたものが世界中の人々に使われるようになろうというような志をもってもらいたいと、韓国の生徒たちと話しながら思いました。

2017
12.25

パッケージデザインとしてのレコードジャケット

 私が中学生だった頃、新しいオーディオが次々と発売された時期がありました。高性能アンプとレコードプレーヤー、FMラジオチューナーとカセットデッキ、そして大きなウーハーを備えたスピーカーのセットが、音響メーカーや家電メーカーから何種類も売り出されました。こうしたオーディオセットが出現する前は、レコードプレーヤー一体型のオーディオ(ステレオと呼ぶ方が一般的でしたが)が普及していましたが、この頃にはアンプとレコードプレーヤーとが分かれるタイプとなっていました。オーディオに興味をもつ人の増加を受けて、オーディオ雑誌もいろいろと刊行され、掲載された新製品のオーディオの性能対比表を一生懸命に見た記憶があります。
 オーディオを自分で制作することも流行りました。現在PCを、部品を買い集めて自作する話を聞きますが、同じ感覚だと思います。設計図や必要な部品はオーディオ雑誌に掲載されているので、それを見ながら秋葉原の電気街に買いに行きます。当時の秋葉原の電気街は、今でもそうかもしれませんが、真空管やトランジスタ、発光ダイオードやコンデンサーの類いに詳しいプロか、もしくはプロ級の人たちばかりが集まって、かごに入ったパーツをひっくり返しながら、専門的な話に興じている様子があり、中学生にはおいそれとは近づけない独特な雰囲気があり、現在のように街全体として華やかなサブカルチャーの発信地ではありませんでした。

 私も親に散々ねだってオーディオを買ってもらい、宝物のように大事にしていました。当たり前ですが、オーディオは音楽を聴くための機械ですので、オーディオを購入したら、レコードを買わなければ意味がありません。親はオーディオは買ってくれましたが、レコードは買ってはくれませんので、こずかいを貯めて1枚1枚買い足していくしかありません。しかし、中学生にとってLPレコード1枚3000円は高額で、簡単には購入できず、お年玉でやっと買ったレコードを大事に何回も聞き返すといったことをしていました。
 同年代の人たちと話をするときに、会話の「ネタ」の一つとして初めて買ったレコードは何?という話があります。中学生や高校生のお金が無かった時に、こずかいで何のレコードを買ったのか?といった話です。ある人の最初のレコードはジャズの名盤であり、ある人はクラシックの名曲であり、またある人は日本のロックバンドのアルバムで、その曲にまつわる思い出をあれこれと語り出すと、時間を経つのを忘れます。
 買えないレコードの音楽はFMラジオからカセットテープに録音するのが当たり前でした。FMラジオの番組は、番組表が載っている雑誌を購入し、何日の何時から、何の曲がかかるのかをあらかじめチェックして録音しました。これをエアチェックと言いました。カセットテープにもこだわりがあり、高性能のメタルテープには特にお気に入りの曲を録音しました。また、エアチェックした曲をセレクトしてオリジナルの音楽曲集を作成する人もいました。このカセットテープ文化はソニーのウォークマンが発売されることで、ピークとなったように思います。
 さて、初めて買ったレコードジャケットがどんなであったのか?初めて買ったレコードの話をしていると、そんな話も出るときがあります。また、レコード屋さんで縦置きに並んだレコードを一枚一枚つまんで持ち上げ、ジャケットを眺めた思い出話が出るときもあります。人によっては強く記憶に残っているレコードジャケットがあったり、レコードジャケットにうんちくを傾ける人もいたりして、例えばビートルズのジャケットになぜこんな写真が使われたのか、説明してくれます。

 自分が買ったレコードジャケットのデザインを思い返し、工芸高校にいて生徒諸君の実習授業を見るようになった現在では、あらためてレコードジャケットのデザインの重要性に気が付きます。レコードジャケットはそのレコードに録音されている音楽の世界を表現する一部で、ジャケットの印象で音楽の聴き手はその曲の聴き方を方向付けているように感じます。現在では音楽を購入する際には、CDの場合もありますが、ダウンロードによる場合が増えました。ダウンロードだとジャケットのデザインを気にすることなく、レコード盤とか、ディスクといった手に取ることのできる形でもなく、データとして手元に入って来ます。音楽は、純粋に聴き手が自分の聞きたいように解釈すればよいので、ジャケットを介した送り手の世界観の押し付けは、本来ならば不要のはずですが、実際にはそんなには単純化できるものではない。以前はジャケットデザインが、音楽を聴く時のとても大事な雰囲気づくりや聴き手の方向性を示唆するものとして機能していたのではないか、そんな気がします。
 実は先日に日テレの「バンキシャ」を見ていたところ、レコードが復活しつつあり、販売が拡大しているという話をやっていました。また、レコードジャケットも大事な役割を果たしていることの指摘がありました。
 パッケージデザインとしてレコードジャケットが果たしている役割はとても大きい。そんな思いを強く感じつつ、デジタル全盛、データ重視の時代ではありますが、見直されるパッケージデザインが他にもあるかもしれません。

2017
12.18

「革命のファンファーレ 現代のお金と広告」の内容がす ごい!

 以前の校長ブログで「新しい仕事と資金の集め方」ということを書きました。その中でクラウドファインディングについて触れました。新しい仕事はどのように生まれてきて、その仕事を進めていくためのお金の集め方についての考察を述べましたが、私の拙い短文よりも、同じテーマを実践に基づいてきちんとした形にした本が出ていることを知りましたので、紹介したいと思います。「革命のファンファーレ 現代のお金と広告 西野 亮廣(幻冬舎)」です。
 西野 亮廣(にしの あきひろ)さんは、お笑いコンビ「キングコング」のつっこみを担当している芸人で、かつ絵本作家でもあります。テレビのお笑い番組をあまり見ないのでよくわからないのですが、どうやらよく売れているお笑いコンビのようです。また、西野さんの絵本作品も見たことがありませんが、こちらも大ヒット絵本である「えんとつ町のプぺル」の作者として有名です。工芸生にとっては西野さんのどちらの顔が有名でしょうか。

 さて、その絵本作品である「えんとつ町のプぺル」を出版するにあたって、どのようにしてお金を集めて絵本を出版したかという実践と、それに伴う様々な経験が、「革命のファンファーレ」の主題となっています。
 まず資金集めとして、西野さんはクラウドファインディングで、絵本を出版するための費用を集めました。どれくらいのお金を集めることができたかというと5650万4542円で、この額はクラウドファインディングで集められた資金としてはきわめて高額ということです。そして絵本は30万部というヒット作品となり、絵本の個展には60万人もの人が来場しました。
 なぜ、これだけの金額を集めることができたのか。クラウドファインディングで資金集めをしているタレントさんは他にもいるけれども、必要な資金を集められる人ばかりではない。お金とは何か、クラウドファインディングとは何かと、いう問いに対しての答えをちゃんともっていることが必要である、と西野さんは言います。西野さんが本の中では、「お金」とは「信用を数値化したもの」、「クラウドファンディング」とは「信用をお金化する為の装置」と述べています。だから、クラウドファインディングで資金集めをしたいなら、まず「信用を勝ち取ること」を行わなければならないと主張しています。
 これだけを読むと取り立てて何てことないように思われますが、この考え方の背景には、「職業そのものがなくなっていく時代に突入している」「副業、兼業、転職が常識になりつつあるこれからは、好きなことを仕事化するしか道が残されていない時代」「頑張れば報われる時代は終わり、変化をしなければ生き残れない時代に、僕らは立ち会っている」といった時代認識があり、これまでの職業観や金銭観では生きていくことができない、社会全体に根本的に大きな変革が起きていて、その変革は親世代も経験していないので、自分で経験して生き抜いていかなければならない、と考えています。

 絵本である「えんとつ町のプぺル」を制作する過程においても、西野さんの考え方はこれまでの絵本づくりの常識とかけ離れていました。絵本は一人の絵本の作家がストーリーを書き、挿絵を描き、編集、装丁のすべてを担当するのが当たり前です。しかし、西野さんは一冊の絵本を大勢のスタッフが担当する分業制で制作したのです。これまでなぜ一人で絵本をつくっていたのか。それは絵本はせいぜい売れても5000部が限度であり、収益から考えても一人で作業を行わざるを得ない。けれども、クラウドファインディングで資金を調達することによって、映画のように大勢のスタッフで一冊の絵本を制作することを可能としてしまいました。そして、さらにすごいのは、制作した「えんとつ町のプぺル」を惜しげもなく、インターネットで無料公開してしまったことです。これまでの考え方では、著作物を無料で公開することはあり得ることではなく、有料公開するか、一部を限定して公開するなどにより、著作権を守ることが常識でした。西野さんはあえてこの常識を打ち破ることで、逆に「えんとつ町のプぺル」の販売数を大きく伸ばしたのでした。
 このインターネットでの無料公開についても、なぜそのようにしたのか「革命のファンファーレ」の中で述べられていて、「人が時間やお金を割いて、その場に足を運ぶ動機は、いつだって「確認作業」で、つまりネタバレしているモノにしか反応していない」「インターネットが物理的制約を破壊したのちなら、それに合わせて売り方も変化させていかなければならない」「「無料公開したら売り上げが落ちて、クリエイターにお金が入らなくなるだろ!」というのは数年前の常識だ。今は「無料公開しなかったら、売り上げが落ちて、クリエイターにお金が入らなくなる」というケースが増えてきている。数年前の常識に根を張ってしまうと、時代の変化と共に沈んでしまう」といったことが述べられています。
 さらに、西野さんは「えんとつ町のプぺル」の事前予約の販売サイトを立ち上げ、その申し込み分の1万冊を出版社に発注し、発注した際に支払った2435万1138円の領収書をインスタグラムにアップしました。それをテレビが取り上げ話題となり、絵本の販売数をさらに押し上げました。
 さらにさらに…といった具合で「えんとつ町のプぺル」を売るための新しい発想を次々と実現し、実行していった戦略が「革命のファンファーレ」にたくさん出ています。

 西野さんが実行した戦略は、これから工芸生がデザイナーやクリエイターとして、どうすれば世の中に出て行くことができるか、活躍していくことができるかというヒントが満載であるように思います。いい作品をつくっていればチャンスがやって来るわけではない。いい仕事を行っていれば、収入が上がっていくわけでもない。インターネットの発達が世界を根底から変えてしまっていることは、誰もが理解していますが、それによって、お金の役割がどのように変わってしまったかとか、作品を売るにはどのように広告を行っていけばよいのかとか、必要な資金をどうやって集めていけばよいのか、などは誰も経験していないので教えてくれる人もいません。自分で考えて道を切り開いていかなければならない。西野さんはそれを自分で考え、考えたことをやり遂げて「えんとつ町のプぺル」をベストセラーの絵本にしました。そしてそのノウハウを「革命のファンファーレ」で著作してさらに販売数を伸ばしています。明らかにされた絵本の販売のためのノウハウは、すでに多くの人が模倣していると思いますので、新しいやり方は自分で考えなければなりませんが、西野さんの考え、実行したことは、自分で新しい方向を考えていく上でとても参考になるのではないでしょうか。

 世の中はどんどん変化していて、その変化の先端を読み切ることと、誰よりもクリエイティブな仕事を行うこととは密接に関係しているように思います。技術を磨き、知識を身に付けることは当たり前で、さらに世の中の動きをよく見ながら、自分の才能を多くの人に認めてもらうための算段を上手に行って欲しい。工芸生にそうした力が備わっていくことを願っています。

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