2018
02.19

「仮想通貨」「平昌冬季オリンピック」「ものづくり、デザイン」

1月末に起きた580億円分もの仮想通貨流出事件の報道が、その後も繰り返しなされています。

580億円という金額があまりに巨額で実感が湧いてこないだけでなく、誰が仮想通貨を盗み出したか分からない、盗まれた金額がどこにいったか分からないなど、分からないことだらけの事件ですし、仮想通貨に投資していない人にとっては、あまり関係ないと気にも止めないと思います。580億円がいかに巨額かといったことについては、インターネットを検索するとすぐにヒットして、スカイツリー1本分とか、牛丼15万年分とか、ありがちだけれども全く比較できない例がアップされていたりもします。今回の事件の舞台が仮想通貨取引所のコインチェックであるということを聞いて、テレビで最近コマーシャルを始めたあの会社のことかと思い付き、ビットコインの名前は知っていてもNEMという仮想通貨があるんだと初めて知り、謝罪会見に出てきたコインチェックの社長をはじめとする幹部社員がみんな20代の若者であったことも驚いた人もいるのではないかと思います。

そもそも仮想通貨とは何か。やはりインターネットで検索をかけると、「素人でも分かる仮想通貨」だの、「○分で仮想通貨を理解できる」だの、私と同じような仮想通貨の知識が全くない人のためのウェブサイトが、それこそ「ごまん」どころではなく0.3秒で250万件もヒットします。それらをざっと目を通すと、仮想通貨が草分けであるビットコインについて「ナカモトサトシ氏」の理論がインターネット上に公開されたのが、2008年のことで、実際のビットコインが発行されたのが2009年であるということが分かります。仮想通貨とは、現在のところは原則としてインターネット上でのみお金として通用する貨幣である、というのがウェブサイトを読んだ私の拙い理解です。インターネット上でしか通用しないけれども、インターネットは全世界に広がっているので、仮想通貨は全世界で通用する貨幣になっている、ということのようです。また、インターネット上だけではなく、店舗においてビットコインを貨幣として使えるようにしたお店が出現しつつあるということも分かります。10年が経過しないうちに、すでに仮想通貨の種類は6000種類(ウェブサイトによって数のばらつきがありますが、一番仮想通貨数が多かったのはこの数字です)を超え、時価総額は昨年末で60兆円だそうです。インターネット上の通貨であるので、具体的な形としてお札であったり、コインであったりするものではなく、データとして数字を見ることはできても、実際に目で見たり、手で触ったりする私たちの生活に馴染んだ「お金」ではありません。今年度も国際コイン・デザイン・コンペティションにおいて、全日制アートクラフト科の3年生が審査員特別賞を受賞し、その受賞伝達式に造幣局の方が都立工芸高校に御来校いただきましたが、もちろん仮想通貨にはコインとしてのデザインがあるわけではありません。

こうした見えないもの、触れないもの、形のないものがインターネット上の仮想空間で誕生し、大勢の人たちによって支持されて、世界のイニシアティブをとっていく時代になっているのかもしれません。

21世紀に入ってから20年も経っていないのにもかかわらず、コンピュータのネットワークの発達を背景として、新しい投資システムによって巨額な利益を生み出そうとする試みがいくつも生まれました。そして初期投資をした人だけが利益を上げ、後から「儲け話」を追いかけた人たちが大きな損失を被っているということは考えておく必要がありそうです。その典型がアメリカで起きたサブプライムローン破綻で、投資先を求める人たちが仮想通貨になだれ込むと、国境を越えた自由な通貨としての仮想通貨本来の機能とは別に、投機先としてでしか扱われずに、他の投機の対象となっていった金融システムと同じ運命をたどっていくことも考えられなくもありません。仮想通貨は、新しい通貨システムとして既存のシステムにとって代わるかもしれない、あるいはこれからの起きる可能性がある通貨危機を乗り越えることもできるかもしれないなど、期待は大きく膨らみますが、十分に機能する前に終わってしまうこともあり得る、という心配も起こります。

工芸高校で行っている実習はものづくりとデザインですので、こうした世の中の趨勢とは逆方向をいっているのかもしれません。しかし、見えないもの、触れないもの、形のないもの、インターネットの中でしか存在しないシステムが、どんなに広がっていったとしても、そのことがそのまま世界の人々に幸せをもたらすことができるとは考えにくいです。確かに工芸生がつくったもの、デザインしたものを世の中の人に広く知ってもらうためには、インターネットを活用することは必須ですし、将来自分の作品を多くの人に買ってもらうためにインターネットの特徴を利用していくことはとても大事になってくることでしょう。私たちがものづくりやデザインによって、実際に手に取れるものをつくろう、毎日の生活の中で普段使いして、便利に感じるものをつくろう、目で見て美しいと感じるもの、心がなごみ癒されるものをつくろうとしていますが、こうした姿勢こそが、工芸高校の真骨頂であり、世界の人々の幸せをつくりだすことできるのではないかと思います。

韓国の平昌で冬季オリンピックが始まりました。私も日本人選手の活躍を応援し、金メダルを取って欲しいと心から願っています。テレビやインターネットの報道を見たり読んだりすると、メダル候補の選手たち、メダル候補とはなっていない代表選手たち、さらにオリンピックを目指して代表に選ばれなかった選手たちが、いかに骨身を削って努力をしてきたか、他の選手と競い合うだけでなく、自分自身を乗り越えるためにがんばってきたかが伝わってきます。しかし、それ以上に、選手を支える家族が、あるいはコーチングスタッフが、あるいは地域や事業団の人たちが選手と同じように、時には悩み苦しみながら競技結果に一喜一憂しつつ、がんばってきていることです。人ひとりを世界で通用するアスリートに育てることは、並大抵のことではないのでしょう。スポーツの世界をそのまま、ものづくりやデザインのスペシャリスト目指す工芸生に置き換えることはできないかもしれません。けれども、きっと工芸生も、家族や先生たちに支えられて骨身を削って努力し、自分自身を乗り越えるために努力をしていることと思います。このことはインターネット上の虚構空間で瞬時の投機によって巨額の利益を上げたり、損失を出したりするのとは全く異次元の、長い時間をかけた先が見えない努力の連続だと思います。工芸生にはアスリートたちと同様に、苦しいこともあり、生み出すことの努力が必要なこともあることでしょう。しかし、こうした若い人たちの努力こそが、世の中で最も大事で尊い行為であるとともに、世の中の人たちに幸せをもたらすと信じています。そして、私たちはそれを全力で支援していくことが、使命であり役割であると考えながら毎日を過ごしています。

Copyright Tokyo Metropolitan KOGEI High School. All rights reserved.
先頭に戻る