2018
01.22

「ニッポンのミカタ」を見て感じたこと

1月12日(金)の夜、テレビ東京で放映された「ニッポンのミカタSP 潜入!秘境 東京藝術大学」を見た方も多いと思います。ビートたけしさんと国分太一さんがキャスターで、番組ではゲストと一緒に東京芸大の鍛金や仏像彫刻の研究室を訪問し、取材するだけではなく鍛金の体験をするといった内容でした。ビートたけしさんが鍛金の丸山智巳先生の作品(高さ125cmのボクサー像)を200万円でその場で購入するといったこともありましたし、森茉衣子さんという学生の「藝大アーツイン丸の内2017」で表彰されたオブジェ「街」という作品の紹介もありました。また、仏像彫刻の第一人者の籔内佐斗司教授を取材し、仏像修復の様子の様子も放映されました。室町時代の木造阿弥陀如来立像だと思って修復していたところ、仏像のお顔が後の時代に手が加えられていたことが判明し、表現技法等により鎌倉時代の作であることが分かった、といったエピソードの紹介もありました。

東京芸大については、以前どこかで紹介しましたが、「最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常(「二宮敦人」新潮社)」という本があり、東京芸大で学んでいる学生たちのとてもユニークな実態や学生生活がとても分かりやすく描かれています。東京芸大を受験すると、どんな入学試験があるか、ということも書いてあります。例えば平成24年度の絵画科油絵専攻の第二次実技試験の問題は「人を描きない。(二日間)」であることや、平成27年度の同じく油絵専攻では「折り紙を好きな形に折って、それをモティーフにして描きなさい」と出題されたことが紹介されています。そして試験にどんな人が合格していて、どんな学生生活が送っているのかということについても、インタビューを交えて具体的なエピソードを取り上げながら紹介しているので、東京芸大のことをいろいろと知ることができる本になっています。

今回、テレビ番組の映像として流れたので、書籍に書かれた文字では分からない東京芸大の構内の様子を見ることができました。鍛金の実習室が思いの外、明るくてきれいな部屋だったことに驚きを感じました。本校地下1階の鍛金室よりももっとおどろおどろしい部屋で金づちを振るっているのに違いないと勝手に想像していました。でも、全体として画面から受ける東京芸大の印象は、何かとてもまっすぐで清々しいオーラが醸し出されている大学でした。そして、都立工芸高校で勉強していることを、さらに突き詰めて勉強しようとして大学を選んだときに、こんなキャンパスで実習ができるなら、とてもすばらしいという受け止めをしました。本校から多くの生徒たちが進学する他の美術大学も、きっと同じような雰囲気やオーラをもっていることでしょう。番組のゲスト(中畑清さん)が体験した鍛金の技法は、当たり前ではありますが、アートクラフト科で生徒諸君が学習しているものと全く同じでしたし、仏像彫刻を学んでいる学生が所持しているのみ等の道具類は、インテリア科で生徒諸君が使っているものと共通のものも多々あるようでした。工芸高校で勉強したことをさらに継続して深めていくのに、やっぱり東京芸大はいいなあとテレビの画面の前で思っていまいましたが、東京芸大はなかなか入れてもらえない大学です。今年度も東京芸大を目指して努力している生徒たちが何人もいますので、心から健闘を祈っています。

なぜ、工芸やデザインを学ぶのか、工芸やデザインを学ぶことに一体どんな意味があるのか、工芸高校生であれば、一度は考えることになるテーマであると思います。絵を描くのが好きだから、ものづくりをするのが好きだから、というのは工芸高校を選択する動機としてよく聞く理由ではあります。「最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常」の中にも「絵が描きたくて仕方がない。高橋さんや佐藤さんからは、好きという気持ちが生み出す無尽蔵のエネルギーがびりびり伝わってきた。」という表現がありますが、この「好き」ということが、多くの工芸生ががんばっているエネルギーの源泉となっていることは間違いないでしょう。しかし、一人一人の工芸生が自分自身を振り返ってみたときには、「好き」の中身は人それぞれでありますし、ただ「好き」ではない思いをもっている人も少なくないように感じています。これまで先輩たちがつくった作品よりも自分はさらにより良い作品をつくっていこうとか、これまで誰もつくったことがないものを自分はつくってみようとか考えている、多くの工芸生のもつ制作姿勢には、「好き」に加えた「プラスα」がたくさん存在しているように強く感じられるからです。

「プラスα」を含めて、早い時期から自分なりに作品制作に打ち込む理由や答えを見つけることができる人もいるだろうし、全く答えが見つからずに大人になっていく人もいるでしょう。見つからなければ見つからないで全く気にしない人もいるに違いありません。ただ、作品制作において、いろいろと悩んだり苦労したりすることにより、生徒は自分と向き合う体験が必ず出てくる。そして、自分で自分を乗り越えていく努力をしていると思います。こうして悩んだり、苦しんだりして成長していくからこそ、つかみ取ったこと、獲得したことは何にも替え難い貴重なもので、在学中に得ることができる大きな財産であるように感じます。卒業後の大学等の進学先や就職した会社でがんばっていくことができるのは、在学中に成長の過程で獲得した何かがあるからではないか、そんな気がしてなりません。進路ガイダンス等で体験を聞いてみると、それが何であるのかを卒業生たちはうまく言葉にできないでいたり、あるいは言葉にしてみるととても平凡なものになってしまったりしていて、在校生に伝わらないことが多いです。でも、人それぞれが在学中に経験して何かを獲得していく過程がとても大事であるような気がしています。

「ニッポンのミカタ」の中で紹介された森茉衣子さんの「街」という作品は、表から見ると表題通りの街のミニチュアですが、作品を下から覗くと108人の様々な表情をした顔がLEDライトで照らされて、一種異様な雰囲気を醸し出しています。この表から見えない顔こそを森さんは表現したかったのではないか、そして表現者である人たちはみんなこうした表から見えない顔をもち、そこで感じる喜怒哀楽を作品で表現しているのかもしれない、あるいは自分にしかわからない制作理由を内側に秘めながら作品づくりに取り組んでいるのかもしれない、そんな気がしながらテレビを見ていました。

 

2018
01.11

人間ができることは何か(3学期始業式校長講話)

 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
 皆さんは、お正月をゆっくり過ごせたでしょうか?
 私は、テレビで毎年恒例の歌番組やお笑い番組をしっかりと見ましたが、年末の2017年を振り返る番組、新年の2018年の様々な予測や見通しをテーマとした番組をいくつか見ました。新聞やインターネットでも同様の内容がたくさん出ていました。こうした報道やインターネット掲載の記事を見る限り、2017年がそうであったように、2018年も政治や経済において、あるいは社会全体において、いろんな事件が起こるのではないかと予測しています。国際社会においても戦争や紛争が解決されないまま継続され、また、地球温暖化に伴う異常な気象や災害も起きるのではないか、そんな気がしてちょっと暗くなりました。
 そんな中で、さらに今年も一層問題として先鋭化していくこと、私たちが考えていかなければならないことは、「人間ができることは何か」ということで、このことが繰り返し問われるようなるに思います。コンピュータとAIの発達によって、ますます人間の創造性や発想力、コミュニケーション力が求められるに違いありません。そして、発達してきているコンピュータやAIをどのように使うのか、どのように使って人間の文明を進歩させていくのか、その発想が求められてくるに違いありません。その答えは、どこか教科書に書いているわけではありません。年末の校長ブログには、絵本を大ヒットさせたキングコングの西野さんの話を紹介しましたが、答えを自分で見つける力がますます求められて来るように思います。
 これまで以上に、新しい時代にふさわしい新しい発想が求められる年になる、今年はそんな年であるように思います。そして、そうした発想が身につくには、学校の勉強も含めて、必要な情報を自分から積極的に求めていく姿勢や、将来のために自分の知識と技術を磨くことがとても大事であると思います。何をするにせよ、基礎基本が理解できていなければ何もできず、汎用性、応用がきく学力と技術が絶対的に必要な時代にますますなっていくと私は考えます。今年も毎日の学校での勉強や実習を大事にして欲しいと思います。今年が皆さんにとって飛躍の年となることを願っています。
 そして、新しい年ではありますが、今日からは今年度の締めくくりの3学期でもあります。全員の生徒諸君が卒業し、進級することを期待しています。がんばりましょう。以上です。

2017
12.26

韓国の高校生たち(2学期終業式校長校講話)

 先週、韓国からのお客様が2グループ、工芸高校の見学に来ました。1つ目はいくつかの学校が集まって見学に来た木材加工を学習しているグループ、2グループ目は単独の工業高校で機械科の生徒たちでした。さらに2月には別のデザイン系の韓国の高校が工芸高校に見学にやって来ます。
 韓国の生徒たちは、工芸高校の生徒のつくった作品にきわめて強い関心を示しました。展示されている作品を、どうやってつくったのかをとても知りたがり、どんな道具、どんな工作機械を使って、どんな素材でつくるのか、接合はどうなっているのか、仕上げ加工をどのようにしているか、熱心に質問しました。その熱心な様子から、実際に一生懸命に実習を学んでいることが想像でき、かつ、美しいものをつくろう、良いものをつくろうという思いは、韓国の生徒も一緒だと感じました。
 韓国の生徒たちには、それぞれに得意な分野があり、CADライセンスをもっている生徒もいれば、旋盤の検定をもっている生徒もいて、得意な分野に関わる工芸高校生徒の作品に強く興味を示しました。CADライセンスをもっている生徒は、図面を一生懸命見ていましたし、旋盤の検定をもっている生徒は、地下一階のM科の施設をしっかりと見学していったようです。そうした韓国の生徒たちにどんな検定やライセンスがあるのか、どんな実習をして技術を学んでいるか聞いてみたところ、工業技術の基礎的な学習はほぼ一緒だと感じました。日本にはJIS規格があるように、韓国にはKS規格があり、国際規格に基づいた工業高校生の資格検定が行われていました。これからの時代、技術者の交流が進んでいくと、工芸高校卒業生がどこかの現場で、韓国で資格を取得した韓国の若者と作業を行うことになるかもしれません。韓国だけではなく、台湾や中国、アメリカといったそれぞれの国で実施している国際規格に基づいた資格を取得した若者たちと一緒に、同じ現場で同じ作業を行う時代が来るように思います。
 なぜ、韓国の高校の生徒たちが工芸高校に見学にやって来るのか。おそらくそれは韓国では高校生たちに、海外の同世代の高校生たちの様子を見学させ、刺激を受けさせ、技術や知識を身に付けることの必要性を、自覚させようとしているからだと思います。まず自分を高めていかなければ、将来、韓国の産業が国際競争に打ち勝って、生き残っていくことができない、そうなれば仕事がなくなってしまうという強い危機感があるように感じました。
 また、韓国の同じ文化の中で学習するだけではなく、異文化の同世代の若者が、自分とは異なった発想や感性でものづくりに取り組んでいることも、分からせようとしたように思います。同じ文化の中だけでものづくりをしていると、異文化圏の発想や感性を想像できなくなってしまう。隣国である日本の高校生たちの発想や感性を見せたいと考えたのでしょう。
 では、見学を受け入れた私たち工芸高校の生徒諸君に、同じような危機感はあるのかというと、ある人もいると思うし、無い人もいるように思います。知識や技術をきちんと身に付けなければ、将来自分に仕事が無いかもしれないという危機感をもち、授業や実習に臨んでいる人ばかりではなさそうです。また、異文化の外国で、ものづくりやデザインを学んでいる若者たちが、どんな発想や感性で作品づくりに取り組んでいるのかについても、海外のいろんな情報に敏感な人とそうでない人がいるように感じます。
 工芸高校は、多くの生徒がまじめに勉強している学校で、資格やコンペでも成果を上げてきていますし、卒業時に希望の進路先を決定しています。しかし、欲を言えば、工芸生には、これからの時代を世界の若者たちと一緒につくっていこうという気概や、自分がつくったもの、デザインしたものが世界中の人々に使われるようになろうというような志をもってもらいたいと、韓国の生徒たちと話しながら思いました。

2017
12.25

パッケージデザインとしてのレコードジャケット

 私が中学生だった頃、新しいオーディオが次々と発売された時期がありました。高性能アンプとレコードプレーヤー、FMラジオチューナーとカセットデッキ、そして大きなウーハーを備えたスピーカーのセットが、音響メーカーや家電メーカーから何種類も売り出されました。こうしたオーディオセットが出現する前は、レコードプレーヤー一体型のオーディオ(ステレオと呼ぶ方が一般的でしたが)が普及していましたが、この頃にはアンプとレコードプレーヤーとが分かれるタイプとなっていました。オーディオに興味をもつ人の増加を受けて、オーディオ雑誌もいろいろと刊行され、掲載された新製品のオーディオの性能対比表を一生懸命に見た記憶があります。
 オーディオを自分で制作することも流行りました。現在PCを、部品を買い集めて自作する話を聞きますが、同じ感覚だと思います。設計図や必要な部品はオーディオ雑誌に掲載されているので、それを見ながら秋葉原の電気街に買いに行きます。当時の秋葉原の電気街は、今でもそうかもしれませんが、真空管やトランジスタ、発光ダイオードやコンデンサーの類いに詳しいプロか、もしくはプロ級の人たちばかりが集まって、かごに入ったパーツをひっくり返しながら、専門的な話に興じている様子があり、中学生にはおいそれとは近づけない独特な雰囲気があり、現在のように街全体として華やかなサブカルチャーの発信地ではありませんでした。

 私も親に散々ねだってオーディオを買ってもらい、宝物のように大事にしていました。当たり前ですが、オーディオは音楽を聴くための機械ですので、オーディオを購入したら、レコードを買わなければ意味がありません。親はオーディオは買ってくれましたが、レコードは買ってはくれませんので、こずかいを貯めて1枚1枚買い足していくしかありません。しかし、中学生にとってLPレコード1枚3000円は高額で、簡単には購入できず、お年玉でやっと買ったレコードを大事に何回も聞き返すといったことをしていました。
 同年代の人たちと話をするときに、会話の「ネタ」の一つとして初めて買ったレコードは何?という話があります。中学生や高校生のお金が無かった時に、こずかいで何のレコードを買ったのか?といった話です。ある人の最初のレコードはジャズの名盤であり、ある人はクラシックの名曲であり、またある人は日本のロックバンドのアルバムで、その曲にまつわる思い出をあれこれと語り出すと、時間を経つのを忘れます。
 買えないレコードの音楽はFMラジオからカセットテープに録音するのが当たり前でした。FMラジオの番組は、番組表が載っている雑誌を購入し、何日の何時から、何の曲がかかるのかをあらかじめチェックして録音しました。これをエアチェックと言いました。カセットテープにもこだわりがあり、高性能のメタルテープには特にお気に入りの曲を録音しました。また、エアチェックした曲をセレクトしてオリジナルの音楽曲集を作成する人もいました。このカセットテープ文化はソニーのウォークマンが発売されることで、ピークとなったように思います。
 さて、初めて買ったレコードジャケットがどんなであったのか?初めて買ったレコードの話をしていると、そんな話も出るときがあります。また、レコード屋さんで縦置きに並んだレコードを一枚一枚つまんで持ち上げ、ジャケットを眺めた思い出話が出るときもあります。人によっては強く記憶に残っているレコードジャケットがあったり、レコードジャケットにうんちくを傾ける人もいたりして、例えばビートルズのジャケットになぜこんな写真が使われたのか、説明してくれます。

 自分が買ったレコードジャケットのデザインを思い返し、工芸高校にいて生徒諸君の実習授業を見るようになった現在では、あらためてレコードジャケットのデザインの重要性に気が付きます。レコードジャケットはそのレコードに録音されている音楽の世界を表現する一部で、ジャケットの印象で音楽の聴き手はその曲の聴き方を方向付けているように感じます。現在では音楽を購入する際には、CDの場合もありますが、ダウンロードによる場合が増えました。ダウンロードだとジャケットのデザインを気にすることなく、レコード盤とか、ディスクといった手に取ることのできる形でもなく、データとして手元に入って来ます。音楽は、純粋に聴き手が自分の聞きたいように解釈すればよいので、ジャケットを介した送り手の世界観の押し付けは、本来ならば不要のはずですが、実際にはそんなには単純化できるものではない。以前はジャケットデザインが、音楽を聴く時のとても大事な雰囲気づくりや聴き手の方向性を示唆するものとして機能していたのではないか、そんな気がします。
 実は先日に日テレの「バンキシャ」を見ていたところ、レコードが復活しつつあり、販売が拡大しているという話をやっていました。また、レコードジャケットも大事な役割を果たしていることの指摘がありました。
 パッケージデザインとしてレコードジャケットが果たしている役割はとても大きい。そんな思いを強く感じつつ、デジタル全盛、データ重視の時代ではありますが、見直されるパッケージデザインが他にもあるかもしれません。

2017
12.18

「革命のファンファーレ 現代のお金と広告」の内容がす ごい!

 以前の校長ブログで「新しい仕事と資金の集め方」ということを書きました。その中でクラウドファインディングについて触れました。新しい仕事はどのように生まれてきて、その仕事を進めていくためのお金の集め方についての考察を述べましたが、私の拙い短文よりも、同じテーマを実践に基づいてきちんとした形にした本が出ていることを知りましたので、紹介したいと思います。「革命のファンファーレ 現代のお金と広告 西野 亮廣(幻冬舎)」です。
 西野 亮廣(にしの あきひろ)さんは、お笑いコンビ「キングコング」のつっこみを担当している芸人で、かつ絵本作家でもあります。テレビのお笑い番組をあまり見ないのでよくわからないのですが、どうやらよく売れているお笑いコンビのようです。また、西野さんの絵本作品も見たことがありませんが、こちらも大ヒット絵本である「えんとつ町のプぺル」の作者として有名です。工芸生にとっては西野さんのどちらの顔が有名でしょうか。

 さて、その絵本作品である「えんとつ町のプぺル」を出版するにあたって、どのようにしてお金を集めて絵本を出版したかという実践と、それに伴う様々な経験が、「革命のファンファーレ」の主題となっています。
 まず資金集めとして、西野さんはクラウドファインディングで、絵本を出版するための費用を集めました。どれくらいのお金を集めることができたかというと5650万4542円で、この額はクラウドファインディングで集められた資金としてはきわめて高額ということです。そして絵本は30万部というヒット作品となり、絵本の個展には60万人もの人が来場しました。
 なぜ、これだけの金額を集めることができたのか。クラウドファインディングで資金集めをしているタレントさんは他にもいるけれども、必要な資金を集められる人ばかりではない。お金とは何か、クラウドファインディングとは何かと、いう問いに対しての答えをちゃんともっていることが必要である、と西野さんは言います。西野さんが本の中では、「お金」とは「信用を数値化したもの」、「クラウドファンディング」とは「信用をお金化する為の装置」と述べています。だから、クラウドファインディングで資金集めをしたいなら、まず「信用を勝ち取ること」を行わなければならないと主張しています。
 これだけを読むと取り立てて何てことないように思われますが、この考え方の背景には、「職業そのものがなくなっていく時代に突入している」「副業、兼業、転職が常識になりつつあるこれからは、好きなことを仕事化するしか道が残されていない時代」「頑張れば報われる時代は終わり、変化をしなければ生き残れない時代に、僕らは立ち会っている」といった時代認識があり、これまでの職業観や金銭観では生きていくことができない、社会全体に根本的に大きな変革が起きていて、その変革は親世代も経験していないので、自分で経験して生き抜いていかなければならない、と考えています。

 絵本である「えんとつ町のプぺル」を制作する過程においても、西野さんの考え方はこれまでの絵本づくりの常識とかけ離れていました。絵本は一人の絵本の作家がストーリーを書き、挿絵を描き、編集、装丁のすべてを担当するのが当たり前です。しかし、西野さんは一冊の絵本を大勢のスタッフが担当する分業制で制作したのです。これまでなぜ一人で絵本をつくっていたのか。それは絵本はせいぜい売れても5000部が限度であり、収益から考えても一人で作業を行わざるを得ない。けれども、クラウドファインディングで資金を調達することによって、映画のように大勢のスタッフで一冊の絵本を制作することを可能としてしまいました。そして、さらにすごいのは、制作した「えんとつ町のプぺル」を惜しげもなく、インターネットで無料公開してしまったことです。これまでの考え方では、著作物を無料で公開することはあり得ることではなく、有料公開するか、一部を限定して公開するなどにより、著作権を守ることが常識でした。西野さんはあえてこの常識を打ち破ることで、逆に「えんとつ町のプぺル」の販売数を大きく伸ばしたのでした。
 このインターネットでの無料公開についても、なぜそのようにしたのか「革命のファンファーレ」の中で述べられていて、「人が時間やお金を割いて、その場に足を運ぶ動機は、いつだって「確認作業」で、つまりネタバレしているモノにしか反応していない」「インターネットが物理的制約を破壊したのちなら、それに合わせて売り方も変化させていかなければならない」「「無料公開したら売り上げが落ちて、クリエイターにお金が入らなくなるだろ!」というのは数年前の常識だ。今は「無料公開しなかったら、売り上げが落ちて、クリエイターにお金が入らなくなる」というケースが増えてきている。数年前の常識に根を張ってしまうと、時代の変化と共に沈んでしまう」といったことが述べられています。
 さらに、西野さんは「えんとつ町のプぺル」の事前予約の販売サイトを立ち上げ、その申し込み分の1万冊を出版社に発注し、発注した際に支払った2435万1138円の領収書をインスタグラムにアップしました。それをテレビが取り上げ話題となり、絵本の販売数をさらに押し上げました。
 さらにさらに…といった具合で「えんとつ町のプぺル」を売るための新しい発想を次々と実現し、実行していった戦略が「革命のファンファーレ」にたくさん出ています。

 西野さんが実行した戦略は、これから工芸生がデザイナーやクリエイターとして、どうすれば世の中に出て行くことができるか、活躍していくことができるかというヒントが満載であるように思います。いい作品をつくっていればチャンスがやって来るわけではない。いい仕事を行っていれば、収入が上がっていくわけでもない。インターネットの発達が世界を根底から変えてしまっていることは、誰もが理解していますが、それによって、お金の役割がどのように変わってしまったかとか、作品を売るにはどのように広告を行っていけばよいのかとか、必要な資金をどうやって集めていけばよいのか、などは誰も経験していないので教えてくれる人もいません。自分で考えて道を切り開いていかなければならない。西野さんはそれを自分で考え、考えたことをやり遂げて「えんとつ町のプぺル」をベストセラーの絵本にしました。そしてそのノウハウを「革命のファンファーレ」で著作してさらに販売数を伸ばしています。明らかにされた絵本の販売のためのノウハウは、すでに多くの人が模倣していると思いますので、新しいやり方は自分で考えなければなりませんが、西野さんの考え、実行したことは、自分で新しい方向を考えていく上でとても参考になるのではないでしょうか。

 世の中はどんどん変化していて、その変化の先端を読み切ることと、誰よりもクリエイティブな仕事を行うこととは密接に関係しているように思います。技術を磨き、知識を身に付けることは当たり前で、さらに世の中の動きをよく見ながら、自分の才能を多くの人に認めてもらうための算段を上手に行って欲しい。工芸生にそうした力が備わっていくことを願っています。

2017
11.28

明治レトロ大正ロマンの続き

 工芸祭について書いたブログの中で、大正期を端的に表すことができる風俗を描くのは難しいということを書きました。唯一のそれは、海老茶式部と呼ばれる女学校生徒の姿で、大和 和紀の「はいからさんが通る」で表現されている、ということも書きました。
 海老茶式部とは、明治の終わりごろから昭和の始めにかけての女学校生徒の通学服のことです。現在でも大学等卒業式で多くの女性が着用する晴れ着として残っていて、着物に袴をベースとした格好であることはよく知られています。袴はもともと男性が着用するもので、女性が着用するものではありませんでしたが、明治に入っていろんな経緯を経ながら、女学校生徒のために女性用の袴が工夫されました。考案したのは学習院女子部、当時の華族女学校教授であるとインターネットには出ています。女子生徒たちは、髪の毛を束髪庇髪に結い上げ、髪の裾を結い流しにして大きなリボンで結び、着物は矢餅柄(やもちがら)が定番となっていて、編み上げブーツ(革靴)を履いて通学していました。矢餅柄がどんな柄が知りたい方は、やっぱりグーグルで検索してください。すぐに出てきます。
 「はいからさんが通る」には主人公が自転車に乗るシーンがあります。颯爽と女学校生徒が自転車に乗る様子が時代の最先端として小説にも描かれています。この自転車通学の女学生のモデルは、芝の自宅から上野の音楽学校に自転車で通っていた後の国際的なオペラ歌手となる人で、当時「自転車美人」と言われて見物人が出ていたそうです。明治の終わり頃では、まだ自転車はきわめて高価な贅沢品でした。1台150円から250円(イギリス製かアメリカ製の輸入車)だったそうで、貨幣価値換算は難しいですが、おおむね当時1円を現在2万円とする説が多いので、自転車の値段は現在の国産高級車と同じぐらいの値段だったと思われます。
 大正期は「モガ」の時代でもありました。モガの女性たちが髪をバッサリと断髪にして、お洒落な帽子をかぶり、世界の流行の先端をいく洋装の写真が残っています。社会進出の先駆けとして、多くの女性たちがそれまでには無かった職業に就くようになりました。「はいからさんが通る」の主人公も、婚約者である少尉がシベリアで戦死した後、没落する婚家を建て直すために、髪を短く切って洋装し、出版社に勤める姿が描かれています。モガが時代の流行としてもてはやされ、多くの女性の憧れであったとは思いますが、例えば一口で洋装といっても、簡単に安価に洋服が手に入るわけではなく、モガであるためには相当な努力と出費が伴ったものと推測します。
 いろんな資料を読んでいると、関東大震災とともに大正ロマンという言葉に代表される大正期の自由で華やいだ雰囲気は終焉し、昭和初期の軍国主義が着実に台頭してくるように感じます。女学校の生徒たちの通学服は、海老茶式部からセーラー服を代表とする洋装へと変わっていきました。府立工芸学校の築地校舎は全焼し、水道橋における新しい時代へと進んでいくことになります。しかし、当時の工芸生たちは新しい時代への希望を胸に抱きつつ、昭和前期の幾多の困難を乗り越えなければなりませんでした。
 「はいからさんが通る」展は東大そばの弥生美術館で開催されています。12月24日までです。

2017
11.24

ドゥシャン カーライについて

スロバキア大使館にて、ドゥシャン カーライというスロバキアのアーティストについての講演がありましたので、聞きに行きました。お話してくださったのは、千葉県内の高校の美術の先生である江森清先生で、長年ドゥシャン カーライと親交があり、毎年のようにカーライ宅に泊まりに行き、カーライの作品を蒐集している先生でした。
カーライは世界的には絵本画家として知られていて、日本においても絵本画家として紹介されているようです。例えば新潮社から出版されているのは、カーライが挿し絵を描いた「不思議の国のアリス」ですし、1988年に国際アンデルセン賞を受賞しているなどにより、その名が知られたという経緯もあります。
しかし、カーライの創作活動は、ファインアートからデザインまで、きわめて多岐にわたっていて、絵本画家といった限られた世界のみではないことが、お話を聞いてとてもよく分かりました。現代のクリエイターやデザイナーは、創作活動が旺盛であればあるほど、様々な分野に活動の幅を広げるように、カーライもいろんなことに貪欲に取り組んできたようです。
カーライの彩色画は細い筆を用いて、細かいタッチで彩色していく技法で、スーラのような新印象派の点描の考え方に近いそうです。また、版画に関しては、木版、銅版、リトグラフ、シルクスクリーンなどあらゆる版画作品を制作していて、さらに、スタンプや切手などのデザインも手がけているとのことでした。
私はカーライのことをこれまで全く知りませんでした。カーライだけでなく、私たちは東ヨーロッパのアートやデザインが、どんな状況にあるかほとんど知識がありません。そのことをスロバキア大使館の人に話したら、スロバキア人も日本のことをほとんど知らない、という返事が返ってきました。
講演の後は、親睦パーティでしたので、スロバキア大使館の人たちに、カーライに対するのスロバキアの人たちの受け止め方を聞いてみたところ、ある人は、カーライは伝統的なスロバキアの文化を継承しているアーティストである、しかし、今の若者は世界で受け入れられるようなアートやデザインを好んで制作していて、カーライのようなアーティストは減っている、と言いました。別の人は、カーライは伝統的なアーティストではなく、独特な表現方法を選択して創作活動を行っていて、想像力による独自な世界を作り出した作家である、シュールレアリスムの影響を受けているのではないか、と言いました。(これらの会話は英語で行われたので、私の拙い英語力では、正しくはその人がそう言った気がする、というレベルです。)
ただ言えることは、カーライはとても勤勉なアーティストで、細かく根気がいる作業(デザインやドローイング、デッサンといった工芸の生徒が毎日行っている実習と同じもの)を全く厭うことなく、創作を続けているという事実です。

12月15日(金)から工芸高校図書室で、ドゥシャン カーライ展を行います。江森先生が所蔵するコレクションの一部を展示します。興味がある工芸生は見に来てください。12月21日(木)までやっています。

2017
11.08

キャッチコピーをつくろう

先日、全日制マシンクラフト科の仲三河先生の研究授業が、2階コンピュータ室で行われました。授業のテーマは「キャッチコピーをつくろう」。情報技術基礎の単元「ポスター制作」の中で、ポスターに書かれているキャッチコピーの重要性を知ることを目的とした授業でした。

実は私も20年前、キャッチコピーを教材として、授業で扱ったことがあります。国語表現の中で、ことば一語一語のもつ役割や大切さについて、キャッチコピーをつくることで学習しようと考えました。1980年代から90年代はポスター広告の力が今よりも強力だった時代で、ポスターに載せるキャッチコピーは流行語になるなど多くの人たちに影響を与えていました。広告ポスターはテレビ等マスメディアにおけるコマーシャルと連動し、多くの人々の目に止まるように工夫されていました。そのため、優れたキャッチコピーをつくることができるコピライターは引っ張りだこで、例えば糸井重里氏といった有名人は時代の寵児として大活躍していました。糸井氏がつくったキャッチコピーはとても数が多く、つくられてから30年以上経っていますが、生徒諸君もどこかで聞いたことがあると思います。「いまのキミはピカピカに光って」「おいしい生活」「インテリげんちゃんの、夏休み」「くうねるあそぶ」など例を挙げればキリがありません。
私の授業では、こうしたかつて広告に使われて人口に膾炙したキャッチコピーをいくつも例に挙げて、一体何のコピーであるか空欄に記入する学習プリントを作りました。例えば「スカッとさわやか」「ファイト一発」「腕白でもいい」「お口の恋人」「はやい やすい うまい」など、こちらもいくらでも上げることができます。その後で実際に学校のキャッチコピーをつくってみようということをやりました。

さて、仲三河先生の授業でも、最初に実際に疲れわれているカロリーメイトの広告ポスターを使いました。そのデザインは自転車に乗った男子高校生がカロリーメイトを口にくわえ、「すばらしい空腹」というキャッチコピーが載っているものです。先生はイラストレータにポスターを取り込み、かつこのキャッチコピーを消して、「自分ならどんなコピーをつけるのか考えよう」という質問をしました。生徒たちは話し合いをしながら、キャッチコピーをつくり、生徒たちからは「今日をつくるチカラ」「大好きなあの子に会う前に。」「食事も青春も一瞬だ!!」といいう3つのコピーが発表されました。先生はその場でイラストレータを操作して、カロリーメイトの広告ポスターの中に生徒のつくったキャッチコピーを載せてスクリーンに映し出しました。工芸の生徒のつくったキャッチコピーのほうが、オリジナルよりもできが良いようにも感じました。先生はキャッチコピーをつくってポスターに載せてみると、キャッチコピーによって広告ポスターに描かれたストーリーが全く変わってしまうことを指摘しました。男子高校生がなぜカロリーメイトを口にくわえ自転車に乗っているか?カロリーメイトが彼にとってどんな役割を果たしているのか?キャッチコピーによって全く異なってしまうことを生徒たちはよく理解し、キャッチコピーの広告で果たしている役割の重要性を納得できました。
工芸高校ではキャッチコピー等を考える授業は、マシンクラフト科だけでなく他科でも行われており、先生方からいろんな教材でアプローチしてもらっていると思います。こうした授業を通してことばの力の大切さを実感してもらいたいです。

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