2017
10.20

新しい仕事と資金の集め方

2学期始業式では「Youtuber」を例に挙げて、これから生まれてくる職業や仕事の話をしました。

新しい職業や仕事は一体どこから生まれてくるのでしょうか?

今までになかった新しい仕事を始めた人の話を聞くと、「へえ、なるほどね」と思うことが多く、アイディアはいろんなところに転がっているということを強く感じます。そこらに転がっている仕事の素材を、実際に事業として立ち上げ、仕事に結びつけることができるからこそ、起業家は、多くの人たちから感心されるような新しい仕事を生み出すことができるのでしょう。

ちょっと前に、テレビで放映されていた新しい仕事は、お客さんをインターネットで募集するレストランでした。ホームページに日時と場所(都内の交通の便がいいお洒落なマンションの部屋)、料理の内容、値段をアップし、それを見た人がインターネットで申し込みます。当日は申し込んだ何人かのお客さんがやってきて、初対面ではありますが、お料理の話や、お料理にまつわるいろんな話を互いに楽しみながら会食をするというレストランでした。イベント屋のようでもあり、パーティを企画する会社のようでもあり、今まで無かったけれども、こういうのがあったら楽しいなあと思って、ある女性が始めたことが仕事として成立していました。

アイディアを実際に仕事として成立させるためには資金が必要です。やっぱり先日テレビを見ていたら(テレビの話ばかりで恐縮ですが)、「クラウドファインディング」という新しい資金の集め方を紹介していました。新しく仕事を立ち上げたい人(いわゆる起業家と言われるような人から、企業の中にいて企画の立ち上げを任された人まで様々な人たち)が、クラウドファインディングの会社に資金を集める依頼をします。すると、その会社は依頼があった立ち上げたい仕事の内容を審査して、大丈夫と判断すればウェブ上に目標金額を設定してアップします。ウェブを見た人たちの中で、その新しい仕事の立ち上げに投資したい人が、小口の資金(5万円からだそうです)を提供します。目標額を達成したら募集を締め切り、仕事を立ち上げたい人の起業の資本とするという方法です。

先日始業式でお話したVALUもYoutuberが資金を集める新しい方法で、動画を作成する資金をYoutuberその人に対して投資する方法でした。

かつて日本経済が強かった頃(特にバブル期と言われた頃)、投資はより大きな利益を求めて不動産に集中しました。その時代で最も成功しそうで儲かりそうな事業に資金は集まってきますので、今は東京2020に向けたインフラ開発や整備にも投資されるようになってきているようですが、以前と同様に不動産にも投資されるようになり、東京周辺では地価やマンションの価格が大きく上昇しています。しかし、時代の先端をいくような事業にどれだけ投資されているか、という点では日本は十分とは言えないと感じます。

ベンチャーと呼ばれるような、小さな新しい会社が始める事業は、失敗するかもしれず儲からないかもしれないけれども、もしかしたら大当たりするかもしれない、というような内容です。こうした投機性の高い事業に対しては、既存の金融機関が融資することはありませんし、個人が投資するシステムもありませんでした。しかし、クラウドファインディングは、新しい仕事を資金面で応援するきわめて有効な投資方法となっていきそうで、その意味でクラウドファインディングそのものが、新しい仕事の部類に入ると思います。

東京2020に向けて、世の中にある剰余の資金は投資先を探し始めています。けれども、経済が好調な割には、賃金に反映されていないので、恩恵を受けるのは、新しいお金の流れを巧みにつかまえることができる人に限定されています。こうした新しいお金の流れが、社会を支える人たちの勤労意欲や道徳心を損なわなければよいと思います。

しかし一方で、こうした新しいお金の流れと、今までに存在しなかった仕事とで密接な関係ができ上がりつつあるのも間違いありません。時代の先端をつかまえることができる鋭い感覚は、お金の流れをしっかりとつかまえることや新しい仕事をつくり出すことと、新しいものづくりやデザインを創造することとで、どこか共通で似た能力であるように思えます。

2017
10.14

仕事とプライド

「働く」とは本来「はた(傍、端)=周りの人たち」を「楽にすること」を指すことばです。したがって、職業に就いて仕事をするということは、すなわち社会に役に立つことを行うことで報酬をいただくことです。「世のため、人のため」になるからこそ、自分の仕事にプライドをもつことができるわけですし、一生懸命に働くこともできるわけです。
アメリカの国務長官を務めたコリン・パウエルの著作「リーダーを目指す人の心得(飛鳥新書)」の中に、エンパイアステートビルの清掃担当者の話がありました。ニューヨークにあって世界で最も有名なこのビルには、毎日大勢の観光客が訪れます。そのエンパイアステートビルを紹介するテレビ番組があったそうで、テレビのインタビューは清掃担当者にまで及んだということです。そのインタビューで「我々の仕事は、明日の朝、このすばらしいビルに世界各地から多くの人が訪れたとき、ビルがぴかぴかに光るほどきれいで美しい状態であるようにすることです。」と清掃担当者が答えたそうです。このエピソードは仕事にプライドをもつことの大切さを端的に表していると思います。
新しい仕事や職業が生まれて、今の子供たちの多くが現在存在していない仕事や職業に就くという予測を、私はこれまで何回が紹介してきました。しかし、生まれたばかりの新しい仕事や職業のすべてが社会で定着して、大勢の人たちの雇用を作り出すわけではありません。例えばYoutuberは世界でせいぜい100人か200人もいれば十分でしょう。しかも10年後この仕事が同じシステムで存在しているかどうかも分かりません。新しい仕事や職業に就き、誇りをもって仕事をしている人たちが出現する反面、仕事の面でプライドをもつことができない人たちも大勢出てきてしまうことも考えられます。
そして、残念なことですが、こうした過渡期の時代においては、社会にとって有益ではない、反社会的・非社会的な仕事も生まれてきます。インターネット上のワンクイック詐欺などはその典型ということができます。ワンクイック詐欺のような明らかな違法行為ではないけれども、道義的には認められないような仕事も出てきています。仕事の内容に気が付かないでそういった会社に入ることになり、犯罪行為スレスレの仕事をしなければならなくなったら、良心は傷つけられボロボロになってしまいます。粗悪品や認可されていない商品を売り歩く訪問販売の仕事をしている人たちは、最初からそういう仕事だと知って会社に入ったのでしょうか。そして自分の仕事にプライドをもってやっているのでしょうか。インターネットを検索すると、化粧品を訪問販売で売り歩いている会社の社是10か条がアップされていました。お年寄りからお金をむしり取り、相手をだまして売りつけるような内容でした。電話でのセールスを行っている人たちも同様でしょう。オレオレ詐欺の電話の「かけ子」と紙一重の状況であるように思います。インターネットやSNS等にアップされた動画や写真に「いいね」を連発する仕事をしている人たちも、自分の仕事にどれだけ社会的な意味や意義があると感じているのでしょうか。
お金を稼ぐために、あるいは生きていくために仕方がない、という話はよく聞きます。しかし、若い人たち、特に工芸高校の生徒諸君が、こうした「だまし」をベースとした仕事を選択しないですむように、職業選択ができる力を身に付けて欲しいと思います。以前、不動産のセールスでしつこく電話をかけてきた人に、思わず「そんな仕事してないで、他にやるべき仕事があるんじゃないの?」と言ってしまったら、逆切れをされてひどい罵声を浴びたことがあります。よほど大きなストレスを抱えてセールスの電話をしていたのでしょう。仕事にプライドをもてず、逆に人としての誇りを傷つけられることほど、人間にとってつらいことはありません。
将来に必要となる資格を取得すること、仕事に必要な技術を身に付けることは、相応の努力が必要で大変かもしれません。しかし、自分が選んだ仕事を誇りとプライドをもって、やり続けていくことができるための大事な切符です。そのための工芸高校での勉強だと考えて欲しいと思います。

2017
10.02

社会的自立

工芸高校は女子生徒が多い学校です。全日制は全体の80%は女子生徒で、年によっては男子がクラスに2、3名ということもあります。定時制もM科だけは男子が多いですが、他の3つの科は定時制としては女子が多いです。
さて、日本の社会は「男社会」で、女性の社会進出が遅れていると言われています。これはいろんな理由が考えられますが、特に第二次世界大戦後だけを注目して考えると、経済成長の中で、男性が社会で働き、女性が専業主婦として家庭を守る、という役割分担が行われていたことが大きな理由となっています。私が20代の頃に、女性の理想の結婚相手を表すことばとして、「3高」ということばが生まれました。高学歴で、高収入、しかも背が高い男性を指して言い、そうした男性と結婚することが女性の幸せであるように言われました。こうしたことばが生まれるということは、女性が就職して会社等組織の一員としてバリバリと働くよりも、結婚して家庭を守ることが大切であるという考え方が強かったことが背景としてあります。今でもこうした考え方が根強く残っていて、昨年などは地方議会で女性議員に対してやじを飛ばした男性議員が問題視されたこともあり、女性が社会の第一線に出て働くことに抵抗感がある人達がいるのも否定できません。
しかし、状況はこの10年、20年で大きく変わってきました。少子化高齢化が進む中で労働力としての女性が期待されているということがありますし、「3高」の男性がほとんどいなくなった、という現実的な問題もあります。高学歴で背が高い男性は今でもいますが、高収入であり続けることは保証されない社会に日本がなったということです。日本経済がとても強かった時代は、いい大学を出ていい会社に入れば、年功序列でそのまま収入が下がることがありませんでした。だから男性が会社で働き、女性が専業主婦である社会的構造が成り立ちました。
 残念ながら、現在はいい大学を出たとしても、いい会社に入れるとは限りません。いい会社に入っても、年功序列ではありません。いい会社がずっといい会社であり続けるわけでもありません。こうした状況では、男性、女性関係なく、誰もが社会的に自立することが求められていると言えるでしょう。しかし、社会的必然性云々を考えるよりも、何よりも社会的に自立することは、自らのアイデンティティをきちんともつことであるということです。社会の一員として自立することは、自尊心をもつ、自分自身に誇りを感じる最も大事なことです。
では、どんな職業に就いて、どのように社会的な自立を図っていくのがよいか。やっかいなことですが、これには定まった答えはありません。工芸高校では全定各科で、先輩や講師をお招きして進路やオリパラ、保健に関する講演会を行っています。こうした方々の話を聞いて、生徒諸君で自分の答えを見つけてください。工芸を卒業したら進学するのか、就職するのか、進学先は大学なのか、専門学校なのか、就職であればどんな会社がよいのか、人それぞれに正しい答えがあります。工芸高校の卒業生は、専門職、あるいは専門的な知識や技能を必要とする職業に就いていることが多いようです。長く勤めることができ、専門的な知識や技能が必要なので社会からいつでも必要とされている、そういう職業選択ができるがよいと考えています。

2017
09.13

もののかたち

手に取ったり、じっと見ていたりしていると、なぜか「ホッとする」形があります。なんて「美しい」と感じる形があります。
 どんな用途のどんな品物であってもいいのですが、「ホッ」としたり「美しい」と感じたりする理由には、大きさや素材、色が関係していることもありますし、自分の経験の中で以前に心の安らぎを感じたこと、感動したことが、目の前の品物に投影されているからである場合もあります。最近は雑貨屋さんやインテリアショップに行くと「ホッとする」「癒される」「心が落ち着く」「安心感を与える」ことを目的とした商品がたくさん販売されていて、工芸高校の生徒たちが制作する作品群からも、「ホッとする」形にしようと意図していることを感じることも多いです。
もののかたちと人の心との関係は、大勢の研究者や制作者のテーマとして、書籍やウェブサイトにおいていろんな人たちが言及しています。あるインテリアに関するウェブサイトには、インテリアイメージを決めるのは、「色」「形」「素材」「質感」の4つの要素であると説明していて、例えばこれを「癒しの雑貨」をつくるための4つの要素と言い換えても、正しい説明として成立するように感じます。しかし、本物の「ホッとする」形、「美しい」と感じられる形をつくり出すのは、こうした知識や理論ではなく、制作中の作品は今どんな形になっていて、歪みや撓みがどのように起こっているのか、完成に向けて現在の作業工程ではどんな方法で、どのように作業を進めて修正していくのがよいか、といった感覚や技術を、経験の中で習得することが必要であるように思います。もちろん工芸高校の生徒諸君は先生方に実習の過程でいろいろと教えていただいていますが、もしかしたら本物の「ホッとする」形、「美しい」と感じられる形をつくり出す能力は、教えられてできるようになるのではなく、自分で感覚と技術を獲得していかなければならないのかもしれません。
さて先日、全M科の鈴木頼彦先生から御紹介いただき、人間国宝の奥山峰石先生の作品展に行きました。奥山先生は鍛金の名工でいらっしゃいます。展示会場には切嵌象嵌、打込象嵌の作品が並び、その文様の美しさ、色彩の美しさはすばらしいものでありました。文様や色彩が美しく感じられるのは地金の美しいからで、金属を叩いて鍛えることによって地金の美しさを引き出しているのだろうと感じました。しかし、そうした美しさは当然のこととして、実は私が一番圧倒されたのは器の形の美しさでした。A科の生徒諸君は全員が経験しているので、鍛金が金属を熱してはたたき、たたいては熱することを繰り返すきわめて根気がいる作業であることをよく知っています。たたくときのほんの微妙な力加減で器の形は変わってしまい、それまでの努力が無駄になってしまう、そんな長時間にわたる緊張感と集中力の持続が必要だと理解していると思います。そうした制作の大変さを微塵も感じさせない形の美しさ、見ている人を安心させる落ち着き具合、人の手がこんなにも微妙で繊細な仕事を行うことができることへの感動を心から感じました。切嵌をしたり、打込をしたりすれば当然器は作者の意図とは別の形に変わってしまうことでしょう。そうしたことも計算しつくして文様や色彩を決め、形をつくっていくのだろうと想像しました。
工芸高校の生徒諸君には自分の思い通り、意図をしっかりと反映している作品を制作して欲しいと思っています。そのためには、実習の授業で課題制作を先生方の御指導をきちんと受け止めてがんばることも大事だと思います。そしてさらに本物を見て、本物を美しさを目指して経験を積んでいくことがとても大切であるように思います。今年度2学期の作品制作を期待しています。そして将来にわたって、良い作品をつくることができるようになっていって欲しいと願っています。

2017
09.07

この秋にお薦めの小説

以前このブログで、ケン・リュウの紹介をしました。中国生まれでアメリカに在住しているSF作家で、第二次大戦後の中国の経てきた歴史と人々の負った傷を作品に反映させているということを書きました。
さて、この夏休みに私が読んだ小説で良かったのは、東山彰良の「流(講談社文庫)」という小説です。主な舞台は台湾です。主人公の祖父は中国山東省で国民党の兵士として、共産党と国民党との抗争に際して様々な残虐行為を行い、その後、共産党に追われて大陸から台湾に渡ったという設定になっていました。主人公はその祖父の死をめぐって真実と自分のアイデンティティをその後の人生で求め続ける、という話になっています。
この小説は作者の東山彰良自身の家族の歴史を小説化したということです。作者の家族ようにアジアの大きな戦争や歴史の流れによって、大陸と台湾、あるいは大陸と半島、日本と大陸、日本と半島を流されて行ったアジアの人たちは大勢いたと思います。東山彰良は山東省から台湾に祖父の代に渡って来て、自分自身は子供の時に日本にやって来たということです。
第二次世界大戦は70年以上も前のこととなりました。アジアで起きたことを、私たちは何も知りません。それどことか関心ももっていないことが多いです。しかし、それではいけないということを痛切に感じさせる小説でした。

2017
09.07

2学期始業式校長講話

 昨年末に文部科学省から発表された中教審答申には、子供たちの65%は将来、今は存在していない職業に就く(キャシー・デビッドソン氏(ニューヨーク市立大学大学院センター教授))という予測が記載されています。学校では生徒たちに将来どんな職業に就きたいか、そのために工芸高校ではどんな勉強をすべきであるか、工芸高校卒業後にどんな大学のどんな学部、学科に進学するのがよいか、という進路指導を行っていますので、キャシー・デビッドソン氏の予測が正しいのであれば、進路指導を根底から見直す必要があるのではないか、と考えられるかもしれません。
 では、今存在していない職業とはどんな職業なのでしょうか。
 今年の4月にソニー生命という会社が発表した中学生の将来なりたい職業の男子の3位と、女子の10位に「YouTuber」が入りました。まだ職業選択が現実的ではない中学生の夢や希望が反映した調査結果だと思います。この「YouTuber」という職業はこの1年~2年で多く見かけるようになり、またこの夏休みの間、インターネット上では、「YouTuber」に投資する「VALU」において不正が行われたのではないか、ということが話題になったお陰で、新しいことに疎い中高年の年代の人たちにもすっかり定着したのではないかと思います。しかし、少なくとも私が校長になった6年前には存在していない職業でした。動画を制作してYouTubeに投稿して、その動画を利用者が再生するたびに広告収入を得ることができる、というシステムが立ち上がり一般化して、それにより収入を得ることができるにようになったのはこの5年ぐらいのことと思います。今では「はじめてしゃちょー」「HIKAKIN」といった有名「YouTuber」が存在するようになっているそうで、年間に数千万円、数億円の収入を得ている、とインターネットに記載されていました。6年前、まさに「YouTuber」は「今存在していない職業」でした。
 インターネットやSNSに関わって「YouTuber」のように、一般化していない新しい収入を得る方法がすでに存在しているかもしれません。あるいは様々な新しい技術開発の周辺では私たちには知られていない職業がすでに始まっているのかもしれません。あと何年か経って私たちが職業として認知するような仕事がすでにあるのかもしれない、そんなふうに感じています。
 では、新しい職業は、今皆さんが勉強していることと全く別次元の知識や能力が必要とされるか、というと、私は決してそんなことはないと考えています。
 皆さんがこれまでに存在しない新しい職業に就いたとしても、その職業で求められるのは、これまで存在した職業と同様に、社会の一員として、あるいは会社組織の一員として、きちんと義務と責任を果たすこと、発想力や創造性を発揮して業務の発展に力を尽くすことであることに変わりはないからです。確かに、今皆さんが勉強しているワードやエクセル、イラストレータやフォトショップといったソフトはこれからもずっと使い続けられていくかというと、そんなことはないと思います。就職先では新しいタイプのソフトを使用する仕事をするようになるかもしれないし、ウィンドウズのOSやアップルのOS以外のOSでコンピュータの仕事をすることになるかもしれません。しかし、そうした技術革新に対応できる能力は、今現在使われている技術や知識を身に付ける、伝統技法の技術や知識を身に付ける、国語や数学、といった教科の学力を身に付けることによって、技術革新に対する汎用的な力、応用力の向上につながってくるのです。
 この夏休み中に最上級生の中には会社見学に行った人がいると思います。またAO試験があって進学先の大学が決まった人もいると思います。2学期は最上級生にとって、とても忙しくて自分の進路を決めていく時期となります。進路が決まった人は決して安心せずに、進路決定後にもこれまで以上に学校で勉強している内容を身に付けてください。そのことが卒業後の人生の応用力につながっていきます。下級生はそうした最上級生の様子を見ながら、自分の将来のためにがんばる2学期としてください。特に2学期は工芸祭があってその準備で忙しくなると思います。高い成果をあげる2学期となることを願っています。

2017
08.28

あるベテランの先生のお話

今年の夏、私の子供の通っている学校の体育科のベテランの先生からお話をうかがう機会がありました。その先生は御自身がテニスの選手で高校生の時はインハイ、大学生の時はインカレでトッププレーヤーとして活躍した方です。
お話はスポーツに取り組んでいる子供を育てる際に、親として何を心がけるかという内容でした。技術の向上やより高い目標を目指して練習していくと、子供はいろんな試練に直面し、つらい気持ちや苦しさを親にぶつけてくる。たいがいの場合、突き詰めていくとつらかったり、苦しかったりする原因は、自分自身にある場合が多いけれども、子供はその原因が自分にあることを認められないので、指導者や他の子供のせいにする。その時に、親が自分を乗り越えようする子供の応援を怠ったり、子供と同じレベルで、指導者や他の子供のせいにして問題の解決を回避してしまったりすると、子供が人として育っていくチャンスを奪うことになる。こうした時の親の一番の役割は子供の心を育てること、子供が人間として温かい心をもつように育てることだ。人間として温かい心を持つことが、子供自身でいろんな問題を乗り越えられるようになるとともに、スポーツの技術の習得や向上につながる。そして人間として成長することによって、スポーツ選手としても強い選手になることができる、そういう話でした。
私はスポーツをがんばっている子供の父親としてお話をうかがいました。しかし、ベテランの先生のお話はスポーツ選手の育成としての話としてだけではなく、他の分野においても共通するお話であるように感じました。親は子供が失敗するのを見るに忍びないため、あるいは失敗するといろいろ面倒であるため、先に回り込んで地ならしをすることがあります。子供はこれまで困難の壁を自力で乗り越える経験を積んだことがないまま思春期を迎えます。もちろん、子供は親が先回りして歩きやすい道を用意していることを知らないので、全部自分でやってきたと感違いしていますが、力が十分に育っていないので、自分でなんとかしなければならない困難に直面すると、取り乱してしまうことになる。でも子供が自力で困難な問題を解決できるようになるには、親が子供の替わりをしたり、他に責任を転嫁したりするのではなく、子供が自分で解決できる心を育てることが親の務めなのだろうと思いました。
ものづくりやデザインはスポーツと同様に、あるいはそれ以上乗り越えなければならない壁があるかもしれません。自分が子供の時は、親に育てられていることなど何も考えずに生きてきました。親になってみるとあれこれと思い悩むことが多くあり、ベテランの先生の話はいろんなことを考えさせていただく機会となりました。

2017
07.20

多様性とイノベーション(1学期終業式 校長講話)

今年度の1学期が終了しようとしています。この1学期は創立110周年記念式典もありました。皆さんの工芸生としての自覚も高まったと思います。一方で工芸高校に入学して初めての1学期、新しい学年に進級して初めての1学期でした。新しい環境、人間関係でとても苦労した人もいると思います。
さて、去年はオリンピックパラリンピックイヤーだったので、1学期の終業式の時は、話の最後にリオ・オリンピックパラリンピックのことに触れました。次のオリンピック・パラリンピックは皆さんもご存知の通り、3年後の東京です。東京オリンピックは2回目で、1回目が1964年だったことも知っていると思います。そして、開催されなかった戦前の東京オリンピックがあったことも知っていると思います。1940年のことで、2020年のオリンピック誘致と同様に、柔道の嘉納治五郎を始めとして当時の国際的に著名な人たちの努力によって、アジア初のオリンピック開催地として決定しました。ちなみに、この時の東京の前の回の1936年はベルリンオリンピックで、ナチスドイツによる政治的な色彩の濃いオリンピックが開催されました。その記録映画の監督が、女優で写真家としても後に有名になるレニ・リーフェンシュタールという人です。リーフェンシュタールについては、どういう人かぜひ調べて知っておいてください。この1940年の東京オリンピックは日中戦争によって開催地辞退ということになっていまいました、
1964年の東京オリンピックは、第二次大戦後の日本の復興を世界の人にアピールする目的がありました。羽田空港やモノレール、高速道路、新幹線が急ピッチで建設されました。そして東京オリンピック後の日本は急激な経済成長により、とても豊かな国となりました。3年後の2020年のオリンピックも東日本大震災からの復興を世界にアピールすることが大きな目的の一つとなっています。そして前回と同様にオリンピックを契機に、さらに日本が発展することを大勢の人たちが願っています。
ただ、そうした豊かさは1964年のオリンピックの時のように、膨大な予算を使って建物や道路といったインフラを整備することによってもたらされるものではない、ということを知っておく必要があります。オリンピックを開催することで、大勢の人たちが東京にやって来ます。その人たちは、いろんな価値観、宗教、文化などこれまで日本には全く無かったいろんな考え方を日本にもってやって来ます。参考までに昨年(2016年)日本にやって来た外国人は2400万人を超え、10年前(2006年)733万人と比較にならないぐらい増えました。今年は半年ですでに1300万人を超えたということです。3年後のオリンピックイヤーの時は4000万人の来日を見込んでいるということです。実は、日本から海外に出かけた人は昨年が1711万人、10年前が1753万人であまり変化がありません。このことは少し残念に思います。しかし、大勢の人たちが日本にやって来ることにより、一層考え方の多様性が進むこと、そして異文化間のコミュニケーションが盛んになること、そうすれば、そこに新しい発明や発見、これまでにない発想、創造性が発揮されるに違いない。大勢の人々の往来、行き来こそが、日本の豊かさの継続、発展につながると私は考えています。
したがって、工芸高校の生徒の皆さんの役割は、日本にやって来る外国人をはじめとして、いろんな人とコミュニケーションをとって、皆さん一人一人の発想や創造性をより豊かにすることです。皆さんのこれからの活躍の場は日本国内に限りません。世界から必要とされる創造力と技術、コミュニケーション力をもっていれば、世界中から仕事が来ます。皆さんが社会のイノベーションを起こすことにつながっていくと思います。
最後に、この夏休み、日頃はできない様々なことに取り組んでください。ただし事故や熱射病には気を付けること。また、補習が必要な人はしっかりと先生の指示に従ってがんばってください。会社見学やキャンパス訪問をする人もいると思います。良い夏休みとなることを願っています。

Copyright Tokyo Metropolitan KOGEI High School. All rights reserved.
先頭に戻る