2017
03.24

「思い」を形にしてください

今日は修了式では、皆さんに来年度の作品制作のお願いを話したいと思います。
東日本大震災のときに皆さんは何年生だったですか。小学生だった人が多いのではないかと思います。震災直後のテレビのコマーシャルは、ほとんどのスポンサーが自粛していたため、ACジャパン広告機構のCMしか放送されないような状況だったのを覚えていますか。
ACジャパン広告機構のCMは何種類かあったように思いますが、その中でも、
「「こころ」は だれにも見えないけれど 「こころづかい」は見える
 「思い」は 見えないけれど 「思いやり」は だれにでも見える」
というCMがあったのを覚えているでしょうか。実は私も忘れていたのですが、調べものをしていて、たまたまこの言葉の出典である元の詩に行き当たり、ああそういうCMが流れていたなあということを思い出しました。オリジナルは宮澤章二という詩人の「行為の意味」という詩です。ちょっと読んでみます。

行為の意味
—–あなたの<こころ>はどんな形ですか
と ひとに聞かれても答えようがない
自分にも他人にも<こころ>は見えない
けれど ほんとうに見えないのであろうか

確かに<こころ>はだれにも見えない
けれど<こころづかい>は見えるのだ
それは 人に対する積極的な行為だから

同じように胸の中の<思い>は見えない
けれど<思いやり>はだれにでも見える
それも人に対する積極的な行為だから

あたたかい心が あたたかい行為になり
やさしい思いが やさしい行為になるとき
<心>も<思い>も 初めて美しく生きる
—–それは 人が人として生きることだ

宮澤章二は他にも数多くの作品を残した詩人だそうですが、一番に有名なのは「ジングルベル」の歌の歌詞ではないかと思います。
ところで、都立工芸では授業で作品のプレゼンを行なうことが多く行われていますね。特に卒業学年になると、各科では課題研究のプレゼンを行なっています。今年度末、各科で行われたこうした課題研究のプレゼンの中に、工芸高校の先生やクラスメート、先輩や後輩に「感謝の思い」を作品の形にしたいと考えた、というものがありました。いろんなことを教えてもらった、苦しいとき、つらいときに支えてもらった、工芸祭でお世話になった、こうしたことに対しての「感謝の思い」をぜひ作品として表現したいと考えて、この作品をつくりました、と言うのを聞き、すばらしいことと感心しました。
そこで皆さんへのお願いになるのですが、皆さんが進級して作品制作をしていくにあたり、ぜひ何かどこかで、誰かに対しての「感謝の思い」を形にすることにも取り組んでほしい、ということをお願いしたいと思いました。もちろん皆さんの中には自分がつくりたいものがはっきりしていて予定ができている人もいると思いますので、可能な限りで結構です。制作の中には一つでもそうしたことに取り組んでもらえるといいなあ、と考えました。宮澤章二の詩では「思い」は見えない、とありますが、皆さんは「思い」を形にして見ることができるものとすることができる。それは工芸生のとてもすばらしいところでもあると考えます。
4月になると新入生も入学してきます。短い春休みですが、この期間にエネルギーをためて、新年度に向けてよいスタートがきれるように準備をお願いします。

2017
03.21

君はモナリザを見たか

私が卒業した青森県立高校では、授業中生徒の集中が切れて生徒を授業に引き付けることが困難になると、東京からの転校生(私のこと)に話題を振って、生徒の集中を引きつけようと試みる先生がいました。私にとっては迷惑なことで、つっけんどんな答えをして、今から思うと随分と先生方に失礼な言動も取ったように思います。
そんな中で、ある英語の授業でモナリザの話になりました。モナリザは皆さんも御存知の通り、レオナルド・ダヴィンチの傑作で、ルーブル美術館に収蔵されています。1974年(昭和49年)に一回だけ日本に来て、東京国立博物館で公開されたことがありました。その英語の先生はわざわざモナリザを見るために、青森から夜行列車に乗って(当時東北新幹線はまだ開通していませんでした)東京に来て、感動してモナリザを見たそうです。
その先生は私に言いました。「君はモナリザを見たか。」モナリザが公開された時、私は小学校6年生で、2時間も3時間も並んでモナリザを見たいとは思いませんでした。実はモナリザが来日したことには興味はありました。それは美術そのものが好きで、その頃毎週1冊ずつ発売される世界美術全集を少ないおこずかいを工面して買ってファイルしているぐらいでした。でも、当時のニュースで、ものすごい混雑ぶりが報道されていて、その行列に並ぶ気は起きませんでした。
「いいえ、見ていません。」と私は答えました。するとその先生は言いました。「馬鹿だなあ。何で見に行かなかったんだ。もう二度と日本には来ないんだぞ。」モナリザを見なかったことが「馬鹿なこと」だとは納得できなかった私は少しムッとして言いました。「ルーブルで見るので東京で見る必要はありません。」周りのクラスメートは私が冗談を言ったと思って笑いました。先生はちょっと鼻白んだようで、モナリザの話題を打ち切って授業に戻りました。
そのことがあった後、私は東京に戻って大学に進学し、さらに大学を卒業して都立高校の教師になりました。青森の高校の英語の授業のやりとりは決して忘れることはなく、必ずフランスに行き、ルーブル美術館に行くことを心に誓っていました。そして、夏休みの部活動の指導の隙間を何とか確保し、フランスに行くことができ、ルーブル美術館に着いた時は感無量だったと記憶しています。
ルーブル美術館は広大でした。1日で見て回るのは不可能な広さでした。そして展示されている美術品は、私がおこずかいを工面して買った世界美術全集に掲載されている有名な作品ばかりでした。どこをどのように通ってモナリザの前にたどり着いたのか全く覚えていません。遠目に「あそこにモナリザがいる」ということが分かり、真っ直ぐにモナリザの前に進みました。モナリザは厳重にガラスで守られていて、大勢の見物客で絵の前になかなか進めませんでした。やっとモナリザの正面に立った時、想像していたよりも小さな絵だという印象を持ちました。絵の美しさ、謎の微笑を鑑賞するよりも、約束を果たしたというホッとした気持ちになりました。
さて、一昨日から上野の国立科学博物館で大英自然史博物館展が始まりました。始祖鳥の化石のホンモノ(写真では誰もが一度は見たことがあると思います)が展示されています。
「君は始祖鳥を見たか。馬鹿だなあ。もう二度と日本に来ないんだぞ。」

2017
03.14

人間国宝の大先輩の記事

都立工芸高校の卒業生からは、過去に4名の人間国宝となられた方が出ています。
そもそも人間国宝は何か。重要無形文化財保持者として、その分野で認定されたきわめて高い技術や能力をもつ人物を指す通称ということです。無形文化財とは、「演劇、音楽、工芸技術その他の無形の文化的所産で我が国にとつて歴史上又は芸術上価値の高いものをいう(文化財保護法第2条第1項第2号)。」ことです。そうした人間国宝に認定される方が4名もいらっしゃるということは、この学校の技術指導の高さを表していると思います。
さて、その都立工芸高校出身の人間国宝である須田賢司先生の特集記事が、3月11日の朝日新聞土曜日版(be on Satuaday)に掲載されていました。「指物と漢詩 モダンに融合」という見出しになっていて、須田先生が中学校のころ教科書で読んだ魯迅の「故郷」や吉川幸次郎、三好達治「新唐詩選」、竹内好の文章に影響を受けたことが記事になっていました。
そして、こうした記事の内容に加えて、須田先生の工芸観についても書かれていて、「工芸品とは実用の形を借りながらも鑑賞に耐えうる美しいもの、持つことで生活が豊かになるもの」といった言葉が紹介されていたり、「海外に指物の技術を教えに行くと、工芸は「クラフト」と訳されることが多い。しかし、実用的な技術の意味合いが強いクラフトという言葉は、生活で使うものでありながら芸術性を兼ね備えているという自身の工芸観に照らすと、どうもしっくりこない」ことや「カラオケという言葉が今では世界で通じますよね。同じように、コウゲイという言葉で外国でもわかってもらえるように、海外で広めたいと思っています」というお話が紹介されていたりしています。
この記事は朝日新聞のウェブサイトの会員ページでも見ることができますので、お読みいただくとよいと思います。

2017
03.11

エルメスの手しごと展

エルメスの手しごと展を見てきました。場所は表参道ヒルズです。
ところで、私の20歳代は日本の経済が一番強かったバブルの時代に重なります。津軽の田舎の県立高校を卒業し、久しぶりに東京に戻った私の目に映ったのは、世の中が経済、お金を中心に動いている資本主義絶頂の社会でした。株価や地価は右肩上がりの上昇を続け、日本の誇る製造業は世界を席巻し、企業の海外進出が急激に進んだ時代でした。世界中の高級ブランドが日本に入ってきて、20歳代の若者にとってはどれもこれも欲しくてならない品物ばかりでしたが、何せ高級品なので高価でなかなか買うことができない。エルメスだけでなく、フランスやイタリア、ドイツのブランド品を何とか安く手に入れて身に付けようと、今考えると、とても無駄な努力を結構真面目に一生懸命していました。
さて、エルメスの手しごと展は、そのフランスの高級ブランドであるエルメスの職人が、実際に作業をしながら説明を行うというイベントです。私が行った時は、午後の一番混んでいた時間かもしれません。入場規制が行われ、入場するのに20分ぐらいかかりました。
デモンストレーションを行なっていた職人さんは、宝飾職人、時計職人、製版職人、手袋職人、ネクタイ職人、皮革職人、鞍つくり職人など、複数、多分野に渡ります。ガラス工房はVRで行われ、ペーパークラフトはタブレットで行うこともやっていました。
入り口から入場して左側に宝飾職人で、ブレスレットに極小のダイヤモンド粒を一粒ずつ、それこそ山ほど石留めしていました。アートクラフト科の彫金室で見たことがあるような工具が机の上に置かれ、職人さんは顕微鏡のような拡大鏡で作業個所を拡大しながら、ダイヤモンドをブレスレットに開けた穴に埋め、ダイヤの周りの金属を引き上げるようにかぎ爪をつくって、ダイヤを留める作業を行っていました。ブレスレット本体をどうやって作るかというと、やはりこれもアートクラフト科でやっているワックスの型に貴金属を流し込む技法でした。職人さんに質問したところ、ブレスレットのデザイナー、ワックスを削って鋳造する職人、石留めする職人は別人だそうですが、職人は一通りのことをできなければいけない、ということでした。使っている工具は自分で作ることも多くあり、金属が固いのでしょっちゅう工具の先端を削らなければならなくなる、ということでした。
宝飾の隣が時計職人で、その向かい側が食器の絵付け、さらに奥にはスカーフの原画をトレースする製版職人がデモをしていました。製版職人といっても、とてもエレガントでおしゃれなフランス女性で、宝飾の職人や時計職人、皮革の職人がいかにもオヤジ的職人風情を醸し出しているのと対照的でした。彼女の仕事はスカーフの原画がデザイナーから届けられると(手描きであることが多いそうです。)その原画をスキャンし、フォトショップを使って、大きなタブレット(ざっと横幅は80cm〜90cmはありそう)上で正確にかつ忠実にトレースすることでした。専用のペンを使い、グラフィックアーツ科やデザイン科が、通常のパソコン上で行なっているのと同じ作業を、その大きなタブレットで極めて緻密に細心の注意を払いながら行なっていました。今回は、デモ用に、日本の侍をモティーフにしたデザインを持ってきていて、その原画はとても細かく、作業がとても多くかかり、トレースするのに1000時間以上、1年間以上の時間を使ったそうです。
とにかく興味深いことがたくさんあったので、結構図々しくいろいろと職人さんに質問しましたが、通訳担当の人が職人さんのフランス語を丁寧に通訳してくださいました。実は展示を見る前から、仕事の分業体制はどうなっているのか、デザインと職人の仕事分担はどうなっているのかを聞いてみたいと思っていて、そのことを聞ける限り聞いてみたところ、デザイナーと職人とははっきり仕事が分かれており、職人の中でも作業の持ち分がはっきり分かれていることが分かりました。
このイベントは結構大々的に宣伝されていて、マスコミにも取り上げられています。マスコミの論調は、なぜエルメスが高級ブランドなのか、高価であるのか、といった切り口であることが多いですが、私にはそんなことよりも、19世紀にヨーロッパで確立したフランスやイタリア、ドイツの手工業、職人技による工業製品を、明治期の日本人がどうにかして日本でもできるようにしたいと考え、その技術を必死に輸入したこと、そして輸入されたヨーロッパの技術が、日本の江戸期に確立していた独自の技術や手法と融合し、今、現在の都立工芸高校の授業として毎日行われてることに強い感動を覚えました。
エルメスの手しごと展は3月19日まででしかも13日は休みです。期間が短いのですが皆さん是非見に行ってください。決して損はありません。入場無料です。

2017
03.10

自分自身の人生のデザイナーになること(卒業式式辞)

ただ今、卒業証書をお渡しした卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。そして、今まで暖かくお子様を見守り、今日の日を迎えられました保護者の皆さま、誠におめでとうございます。
 また、卒業式の開催にあたりまして、ご来賓の皆様には、ご多忙中にもかかわらずご参列いただきましたことを、心より御礼申し上げます。
 
さて、あらためて言うまでもなく、都立工芸高校は、ものづくりとデザインを学ぶ都内唯一の専門高校として、これまでも多くの卒業生を送り出してきました。今のこの席にいる卒業生の皆さんも、各科による専門性、学習内容の違いはありますが、幾多の課題制作、実習授業を乗り越え、知識と技術を身に付けて、今日の日を迎えました。
私は、都立工芸高校で生徒たちが学んでいるものづくりやデザインは、これからますます社会から必要とされるようになるだろうと考えています。例えば我が国における少子高齢化は一層進んでいますが、この少子高齢化は日本だけの問題ではなく、お隣の韓国や中国をはじめ、世界中の多くの国で急激に進んでいると言われています。
高齢化した社会で求められるのは、これまで以上に安全で、かつ安心して生活できる環境であり、使いやすい身の回りの品々であることは言うまでもありません。若くて元気で体が自由に利くときには気にならなかったことが、年を取ると、とても大きな障害となり、生活しにくさ、不便さを発生させていくことになります。年を取っていろいろと不自由が起きるようになってきても、若くて元気な人と同じ生活の質を共有できるようにしていかなければなりません。こうした考え方は、一般的にバリアフリーやユニバーサルデザインとして、今や多くの人々に受け入れられています。インターネットを検索すると、ユニバーサルデザインの商品を多数見ることができますが、こうした新しい考え方を具体的に進めていくことができるのは、ものづくりやデザインを学んでいる都立工芸高校の卒業生ではないかと思います。

卒業生の皆さんは進学する人、就職する人、進路は様々でありますし、今、心に抱いている将来の夢も多種多用であると思います。広告デザイナーになって自分の作品が街中で貼り出されるようになりたい、宝飾デザイナーになってブライダルジュエリーのデザインを手掛けるようになりたい、使った人誰もが便利さを感じる家具のデザインをやってみたい、などなど、就職先の会社での仕事への夢、大学で勉強したいことの希望、いろんな夢や希望をもっていると思います。そうした夢や希望は、都立工芸高校を卒業する皆さんしかもつことができないものであり、他の高校では学ぶことができない「デザイン」や「ものづくり」を学んだ皆さんだけがもつことができる夢や希望であると考えます。そして、その夢や希望を、みなさんが進路先で実現することが、例えばバリアフリーやユニバーサルデザインといった新しい考え方が一層社会の中で進んでいくような、これからの社会全体の在り方やライフスタイルの革新、進歩につながっていくと信じています。

確かに皆さんが巣立っていくこれからの社会は、見通しのはっきりしない、不安定な社会であるかもしれません。国際協調を否定するような不寛容な考え方が台頭してきています。紛争やテロ、難民の問題はなかなか解決の糸口を見つけることができません。世界人口の増加、資源や食糧の争奪、地球環境の悪化、富の偏在といったいろんな世界的な課題があるとともに、我が国においても自然災害が度重なって発生するなどの不安もあります。東京2020に向けて日本の社会全体が盛り上がっていこうとしている反面、平和で豊かな社会をどうやって維持していくかということも考えていかなければなりません。

しかし、これからの社会がどのように変化していっても、卒業生の皆さんが、自分の夢や希望を達成するという目的のために、自分の人生を自分でデザインできる、そういう人になっていって欲しい、皆さん一人一人が自分自身の人生のデザイナーでいて欲しい、と願っています。
そのためには社会の将来を見通す先見性をもち、自分の知識や技術を常に新しいものにしていく努力を継続し続けるとともに、様々な人とのコミュニケーションを厭わない態度も必要になってくることでしょう
繰り返しますが、みなさんは自分自身の人生のデザイナーにならなければなりません。自分の意思で自分の人生を切り拓き、夢や希望を実現するための努力、目的を達成するための能力をもつことを願っています。

毎回繰り返してきましたが、優れたものづくりは人類の進歩と福祉につながり、美しいデザイン人々を幸せにすると考えています。皆さんには、工芸高校卒業後にますます自分の力を磨き、世界の人々、社会全体に幸せをもたらす人になってもらいたいと思います。

最後になりましたが、保護者の皆様には工芸高校の教育活動に御理解と御協力を賜り、本当にありがとうございました。心から御礼を申し上げ式辞といたします。

2017
03.06

卒展2017

3月2日から東京都美術館で今年も卒展が開催されました。期間中大勢の方々に御来場いただきましたことを、この場をお借りして御礼申し上げます。そして、卒展に作品を展示するために、ずっと頑張ってきた3年生、また期間中の案内係を務めた3年生お疲れ様でした。
今年も卒業生の作品の完成度は例年に負けず劣らず高いものでした。全体を見終わった後に作品が心にいつまでも残るような印象の強い作品がいくつもありました。若者らしい思い切りとんがった作品、心に秘めている思いを一気に爆発させそれを形にいたような作品、ターゲットを明確にし、その想定に基づいたニーズをきっちりと反映させた作品、先生に教わった職人技をしっかりと習得したことが伝わってくる作品、すぐに売り物として通用するだろう作品、分野やカテゴリーにこだわらず、クリエイターとしての将来性を感じさせる作品など、じっくりと見ていると一つ一つの作品からいろんなことを感じ取ることができました。
作品に対する感想を求めるノートやメモにはいろんな意見や感想が寄せられたと思いますが、卒業していく3年生は励ましや称賛の感想ばかりではなく、辛口の意見や批評も真摯に受け止め、これからの作品制作に生かしてください。特に、グラフィックアーツ科の商品広告ポスターには、今年も多くの会社様から御批評、御指導をいただきました。直接御礼を申し上げるべきところ大変失礼ではありますが、この場を借りて厚く御礼申し上げます。会社様の中には御担当様だけではなく、関係部署全員の社員様の御意見をくださったところもありました。本当にありがとうございました。高校生の授業での作品制作に対する感想の域を超えて、広告ポスターを専門としているデザイナーにクライアントの視点で御意見をいただきました。とても勉強になったと感じております。
都立工芸の生徒に求められる到達レベルは、卒業段階でその専門分野の会社、事業所等で、社員として基礎や基本のことはすべて一人前にこなしながら仕事ができるレベルです。もちろん全日制も定時制も、大勢の生徒が美術系の大学や専門学校に進学しますので、都立工芸を卒業後も勉強を続けていくことは当たり前ではありますが、卒業の段階で、社会が求める一定のレベル以上の力を身に付けていることが大事です。そのためにたくさんの課題を制作し、専門の先生方から知識や技術を教わります。
工芸祭の作品展示もそうですが、卒展も都立工芸の原点はどこにあるのか、ということをあらためて考えさせられ、感じさせられる展示でありました。そして、今回の展示を見た中学生の皆さん、またその保護者の皆様、都立工芸に来ると、とても創造的な勉強ができることがお分かりいただけたと思います。水道橋駅前の大きな校舎でお待ちしています。

2017
02.28

東京マラソンと一体感

2月26日(日)は東京マラソンでした。3万6000人もの人が参加したと報道されていましたが、さらなる驚きは36万人もの人が参加を申し込んだという事実です。実は私もそのうちの一人で、残念なことに今年も抽選から漏れてしまい、参加することが叶いませんでした。
今年の東京マラソンのコースはこれまでのコースから変更があり、臨海副都心を走ることがなくなりました。臨海部のコースではランナーは海からの強風をもろに受けるので、疲労とタイムロスが大きく、へとへとになってゴールに到着していました。今年は大手町がゴールなので風の影響がほとんど無く、優勝者のタイムは国内マラソンの最高記録という好タイムだったそうです。
マラソン参加はできませんでしたが、ランナーたちがどんな様子で走っているかを見に行きました。マラソンコースの車道は、3万6000人のランナーがびっしりと列をなして走り、沿道の歩道にも多くの応援の人たちが並んでいました。ランナーたちの中には、今年も色とりどりの衣装やコスチュームを着たり、キャラクターの帽子をかぶったりするなど、タイムよりも東京マラソンに参加できたことを喜び、楽しんで走ることを表現している人が大勢いました。沿道の応援からは、そうした目立つランナーが通り過ぎると必ず「ミスタービールがんばれ!」(泡立ったビールの形の帽子をかぶったランナーが通り過ぎたとき)、「ピカチューがんばって!」(ピカチューの帽子をかぶり、それらしいランニングシャツを着たランナーが通り過ぎたとき)と声がかかりました。目立ったキャラクターの格好でなくても、疲れて歩いてしまっているランナーや、顔をしかめてつらそうにしているランナーにも、沿道から盛んに応援の声がかかっていました。また、沿道の人の中には、特定の応援対象に限定したわけではないドリンクや食べ物を用意して、ランナーに提供している人もいて、マラソンを通した一体感のようなものが、ランナーと応援をしている人との間に生まれていました。
こうした大きなイベントを通して感じられる一体感は、今この時代ではなかなか得難いものなのかもしれません。地域社会に強い連帯感があり、お祭りの神輿を幼なじみとずっと一緒に担いでいるような場所で育ったのであるならば、社会や他人との一体感は日常的に感じられることでしょう。でも、私たちは地域のお祭りに積極的に参加することも少なく、お隣に住んでいる人の名前も知らないことも珍しいことではありません。そんな状況の中で、見ず知らずの人と仮に同じ東京に住んでいるからといって、一体感をもつことはあり得ないと考えても不思議ではないでしょう。
東京マラソンに参加していた人たちと、沿道で応援していた人たちとに生れた一体感はほんの一瞬であったかもしれません。しかし、その場にいるだけで自分が社会を構成している一人であることを実感できたような気がします。社会的に孤立してしまう人や、一人暮らしの人の孤独化が問題となっている中で、社会的な大きなイベント、特に3年後にやってくる東京2020オリンピック・パラリンピックが大勢の人の孤立化や孤独化を救うことができるかもしれない、そんなことを思いながら東京マラソンのランナーたちを見ていました。

2017
02.25

長時間労働と低賃金との戦い

都立工芸高校に入学してくる人たちは、将来デザインやものづくりの職業に就きたいとか、ゲームやアニメに関係する仕事をしたいとか、あるいは漫画家や絵描きになりたいと考えていて、はっきりとした夢や希望をもっていることが多いです。現に卒業生にはそうした世界で活躍している人が大勢いるので、現役の生徒たちも卒業生の話を聞いて、夢や希望を叶えるための道筋を描きやすいです。私は、都立工芸に入学し、卒業していく人たちみなさん全員が、それぞれの夢や希望を叶えて欲しいと心から願っています。
さて、現在の日本の社会では、長時間労働が解消されない、労働賃金が上がっていかない現状があります。人手不足のために、長時間労働を余儀なくされる、アルバイトや派遣労働であるために、なかなか賃金が上がっていなない、という話はいろんなところでよく聞きます。国には最低賃金制度という制度があります。最低賃金法に基づき最低賃金額以上の賃金を労働者に支払わなければならないとする制度です。最低賃金には、各都道府県に1つずつ定められた「地域別最低賃金」と、特定の産業に従事する労働者を対象に定められた「特定(産業別)最低賃金」の2種類があります。ちなみに東京都の最低賃金は高くて、1時間の賃金が932円ですが、隣の千葉県では842円ですし、埼玉県では845円です。この地域別最低賃金は特例により減額が認められることがありますが、原則すべての労働者に適応されるものです。こうした制度により労働者の権利が守られているはずではあるけれども、なかなか長時間労働が改善されない、あるいは賃金が上がっていかないのはなぜでしょうか。
一つは、就業の構造そのものが、長時間労働と低賃金によって支えられたシステムになってしまっているということです。会社は、同業種他社との競争のため、価格を低く抑えなければ生き残れないようになりました。特に一時期、いろんな業種で価格破壊が進み、廉価でサービスや商品が売り出されたために、人件費を極限にまで抑える状況が加速しました。あらゆる業種で正社員や正職員の割合が低下し、派遣会社からの臨時雇用の社員や職員が大勢働くようになりました。こうした臨時雇用の労働者は会社側から言えば、雇用を短期間で打ち切ることができるし、人件費を低く抑えることができる社員です。働く側から言えば、いつ雇用を打ち切られ別の会社に派遣されるか分からず、仕事に慣れたところで別の会社に行けば新しい人間関係と仕事内容を習得しなければなりません。理不尽さに我慢している人も少なくないのではないかと思います。
もう一つは若者が集まる人気が高い職業と、そうでない職業とに仕事が分かれるようになってきているということです。若者が集まって来る人気の高い職業の場合、会社側から言えば代わりの若い社員はいくらでもいるので、長時間労働でがんばっている若者の労働条件を改善する必要性は感じられない、また、賃金が高くなるようであればさらに若い希望者を代わりに雇って人件費を安く抑えることができるということです。みなさんの中で何人もの人がやってみたいと考えているゲームクリエイターの仕事は、希望者が多数いて人手に全く困っていません。会社の数も限られていて過当競争に陥っていますし、国際競争も激しくなってきています。そんな中で、みなさんの中でどうしてもゲームクリエイターになりたい人が、やっとそういう業種の会社に就職できたとしたら、仕事がどんなに長時間労働であっても、残業代がつかず低賃金であっても、がんばって仕事をしてしまうだろうと思います。こうした構図が社会のいたるところで起こっているように感じます。こうした構図や社会的な状況がみなさんのもつ夢や希望を食いつぶしかねない、そんな心配をしています。
若いうちはいろんな経験をして修行し、社会の荒波にもまれながら自分を鍛えていかなければなりません。就職すれば最初の何年間かは見習いで、お給料をいただけるだけで幸せで、電話の取り方やお茶の出し方からできるようにならなければなりません。上司のかばん持ちでお得意様をまわり、元気よくあいさつしていつも機嫌よく応対することが求められます。残業をいとわず接待要員として駆り出されたり、ほとんど徹夜で納期を守るために作業をしたりしなければならないこともあります。
自分がやりたい仕事に就くために努力をすること、就職したら全力でがんばることは当然ですが、自分をすりつぶすような勤め方があってはなりません。仕事で通じて自分の夢や希望を叶えること、仕事をすると創造性や感性がますます磨かれるようになること、そんな職業選択を行ってほしいと思います。

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