2017
01.22

サピエンス(3学期始業式校長講話に加筆)

今年は都立工芸高校にとって創立110周年の節目の年となります。最上級生が卒業してからとはなりますが、5月28日に文京シビックセンターのホールにて創立記念式典を行います。いい式典ができるように、先生方も今から準備を行っています。ぜひ学校を盛り上げていきたいと考えていますし、皆さんの意欲が高まり、さらに良い作品制作ができることを期待しています。
さて、1年前の昨年の3学期の始業式では、私は皆さんに本を一冊紹介しました。2年生以上の人は覚えているでしょうか。「人類が知っていること すべての短い歴史(A Short History Nearly Everything)」(ビル・ブライソン著、楡井 浩一訳 新潮文庫)という本です。人類が到達した天文学、物理学、化学、生物学、地質学、医学、文化人類学など様々な科学(Science)を俯瞰し、地球あるいは宇宙についての知識が書かれていて、科学的な知識を身に付けるたびに、人間が世界観、宇宙観、哲学や宗教を変容させてきた歴史について書かれている本です。知識を獲得すると、それに伴い人間の想像力も飛躍的に豊かになっていく。例えば宇宙の創生は特異点からの大爆発から始まる、その最初の1秒を物理学者は解明するために全力を尽くしています。その1秒間で起こったことを科学的に解明することができるのは飛躍することができる人間の想像力ではないかと思いますが、神話的宇宙観しかもたなかった時代の人間には、特異点からの宇宙の膨張といったことさえ想像することはありませんでした。
今年も同じように本を紹介したいと思います。「「サピエンス全史」文明の構造と人類の幸福(Sapiens)ユヴァル・ノア・ハラリ著 河出書房」です。
この本の著者は、サピエンス(私たち現生人類)が他の生き物、特にネアンデルタール人のような他の人類と決定的に異なり、進化することができたのは、虚構(フィクション)を信じることができる力があるからと考えています。貨幣制度も国家も宗教も資本主義も、現実のモノとして目の前に存在していないにも関わらず、人間は大勢の人々でその存在を信じてルールを作り、他の生き物とは異なるきわめて大きな集団を形成し、全人類でその虚構をシステムとして運用することができる。そのシステムを守るために殺し合いまでしてしまう、そうした力をもっている生き物であるからだそうです。
今から7万年前までは、サピエンスにこの力はなかったと筆者は言います。それまでのサピエンスは、他のネアンデルタール人といった今では絶滅してしまった人類と同様に、火を使ったり道具を使ったり、あるいは言葉を話すことはできたが、他の人類に対して圧倒的な有利な立場ではなく、人類の一つの種として存在するに過ぎませんでした。筆者は虚構を信じることができるようになったことを認知革命と呼んでいて、この認知革命がなぜ起こったかについては、「たまたま遺伝子の突然変異が起こり、サピエンスの脳内の配線が変わり、それまでにない形で考えたり、まったく新しい種類の言語を使って意思疎通をしたりすることが可能になったのだ」と述べています。そのお蔭でサピエンスは「限られた数の音声や記号をつなげて、それぞれ異なる意味を持った文をいくらでも生み出せる」ようになり、神話、宗教、政治、人権、貨幣、スポーツといった現在の人間社会を支えているありとあらゆる「虚構」(人間が考え、つくり出したシステム)によって、互いを見知らぬ大勢の人々(ときには何億人単位)が協力し合うことができる唯一の種となりました。しかも、虚構を信じることのできる力によって、遺伝子レベルでの突然変異や組み換えを必要とすることなく、さらに新たな虚構を作り出すことができます。社会的な行動をとることができるハチやアリは、社会的な振る舞いそのものが遺伝子に組み込まれているので、新たな社会的行動を獲得するためには遺伝子の特別変異が必要で、そうした変異が起きるまでに何万年、何億年の月日が必要となるかもしれません。サピエンスは学習により行動を変容させ、新たなシステムをつくり上げて行動パターンをきわめて短時間で(例えば一晩で)変えてしまうことができます。
認知革命の後、1万年前に農業革命、500年前に科学革命が起き、現在の私たちがあると筆者は考えています。そして現在起きていることは、人間の知的設計の変更、すなわち生物工学、サイボーグ工学、非有機的生命工学によって、サピエンスの種としての変更による生物革命であると述べています。生物が新しい種への変化していくためには、ダーウィンの進化論にあるような適者生存や突然変異による生物学的な変化でありました。サピエンスは自分の都合のより、これまでも家畜などの品種改良は行ってきましたが(ニワトリや豚、牛、羊など)、遺伝子工学により、ジュラシックパークのような絶滅した種を復活させることだってできるようになる。そのような技術を確立したときに、遺伝子操作により、より優秀で長生きする人間を作ろうとしないと断言できるのだろうか。また、遺伝子工学だけではなく、マイクロチップ等の補助による知能や記憶の増大、きわめて強い力をもつ義手や義足による強靭な体など、メカニックによる人間の能力の向上についても試みられている分野はすでにあります。こうした技術や科学の発達により、サピエンスは近い将来に別の種へ、言わば超ホモサピエンスへと変化していくことになるだろう、ということを述べています。
「サピエンス全史」は、去年紹介した本と同様にちょっと長い本ですが、私たち人間はどこからきたのか、何を考え、何を発見してきたのか、そしてどこに行こうとしているのか、ということを考える材料として有効だと思います。皆さんが課題に取り組む際に、未来がどのような社会であるのか、将来人間がどのような暮らしをしているのか、という視点は大事だと思いますので、こうした本を紹介します。また、この本に関してはNHKのクローズアップ現代でも取り上げられましたので、インターネットで検索すると記事が出てきます。
今年の皆さんと皆さんの御家族の幸せをお祈りするとともに、3学期は心身の体調をしっかりと整え、遅刻、欠席が無いように、課題提出をきちんと行うようにお願いします。

2017
01.19

仕事を選びますか。収入を選びますか。2

1990年代終わりから2000年にかけて、アメリカでも日本でもITバブルと呼ばれる経済活況がありました。現在巨大企業となったIT関係の会社の基盤が完全に確立した時期で、10年前20年前は学生が始めた小さなベンチャー企業であった会社が、きわめて大きなコンピュータ関連の会社として成長し、その創始者たちはカリスマとして巨大な富を獲得した時代でした。日本のIT関連の会社も大きく成長し、巨額な資金を集め、社会的な影響力をもつようになりました。元ライブドア社長の堀江貴文氏の著作を読むと、この時期のコンピュータ関連のベンチャー企業が人材や資金を集めて急激に大きくなり、既存のメディアやシステムを脅かすほどの力をもつようになり、そして逆に足元をすくわれるようにして淘汰されていった様子が伝わってきます。また、ニューヨークを中心として、集まってくる途方もなく巨額な資金が金融工学のプロたちによって運用され、さらにもっと巨額で実態のない資金に膨張していった時代でもありました。「マネーゲーム」という本が出ていて映画にもなっていますので御覧ください。
世界にはそうした資金を運用することで、とんでもないお金を儲けている人がいることが報道されるようになっている時期に、先ほどのクラスで「やりたい仕事だけれども収入が低い仕事と、収入は高い仕事だけれどもやりたくない仕事では、あなただったら、どちらを選びますか?」という質問を生徒にしたというわけです。
その時の世界情勢等に対する反感や反発から生徒が「やりたい仕事だけれども収入が低い仕事」に手を挙げたとすれば、健全な社会に対する批判精神が育っていたということができるかもしれません。
そして、あれからさらに10年の月日が経ち、社会では「夢追いかけ」型フリーターを礼賛することはまったく無くなりました。そして現在の日本では正社員として就職することができたとしても、労働基準を守らないブラック企業による若者の「すりつぶし」就労の問題や、体調を崩していったん退職してしまうと、もう一度正社員としてなかなか就職できない問題、仕事をしていく上でのスキル育成や研修の機会、OJTが十分でない企業の問題など、「夢追いかけ型フリーターは危険だからよくよく考えていかなければいけないよ」と進路部で生徒たちに言っていればよい時代よりも、事態はより複雑になっているように思います。そして「夢追いかけ」型フリーターだけではなく、仕事に対しての考えがまとまらないとか、業種の希望がない、やりたい仕事が見つからない人が、とりあえずフリーターとして就労を続けていくと、フリーターとしての価値は年齢が上がるにつれて下がっていくものなので、ますます低収入となっていく事態に陥ってしまうようになっています。すなわち、2010年代後半の現在は、高校生は以前よりもさらに仕事に就くことについて、よく考えていかなければならない状況となっています。
「やりたい仕事だけれども収入が低い仕事と、収入は高い仕事だけれどもやりたくない仕事では、あなただったら、どちらを選びますか?」という二者択一による就職選択は極端な質問で、そんな選択をしなければならなくなる人は、ごく少数だと思いますし、工芸生のみなさん全員が、高校卒業後すぐであろうが、大学進学後であろうが、やりたい仕事でかつ収入の高い仕事に就いていって欲しいと願っています。しかし、そのためには、これからの時代は、自分で自分の人生をデザインする力を身に付けること、具体的には、計画的で着実に社会で役に立つ技能・技術を身に付けること、社会変化に耐えることができる柔軟性、知識や教養、語学力、コミュニケーション力、AIより優れた創造性、発想力などをもっていかなければならないということです。

2017
01.19

仕事を選びますか。収入を選びますか。1

今から10年ぐらい前、お休みされた先生の代わりとして補習授業を行いました。私の専門の国語ではなく仕事選びの話をしました。そのときに生徒たちに「やりたい仕事だけれども収入が低い仕事と、収入は高いけれどもやりたくない仕事では、あなただったら、どちらを選びますか?」と聞いたことがあります。聞かれた生徒たちはきょとんとして、この補習で突然やって来た先生は一体何を言い出すのだろうという反応で、しばらくザワザワしていましたが、必ずどちらかに手を挙げてください、と言われてしぶしぶ手を挙げてくれました。
実は、そのクラスのほとんどの生徒が選んだのが、「やりたい仕事だけれども収入が低い仕事」でした。当時、世界はまだリーマンショック前でしたし、日本は小泉政権末期ではありましたが、経済状況はまあまあ良い時期だったことや、生徒たちが、まだ進学や就職を具体的に考えなればいけない時期ではないことが影響したのではないかと思います。
さて、1980年代の後半はいわゆるバブルの時代と言われていて、日本の経済が最も強かった時代です。高校を卒業して就職先に困ることなどはほとんどなく、企業は人手不足が深刻で、希望通りの仕事に必ず就け、かつ高卒の初任者であっても高収入を得ることができる時代でした。世の中が急激に豊かに華やかになり(都心には新しい豪華なブランドショップができたり、街をイタリア製の高給スポーツカーが走っていたり、盛り場では大勢の若者が着飾って一晩中楽しんでいたり)、誰にでも成功するチャンスがあってお金持ちになることができるという風潮が社会を覆っていました。
また、近い将来華やかな仕事に就いて(音楽のメジャーデビューなど)高い収入を得ることができる、必ずビッグになってやるといった成功を夢見て、今アルバイトをしながら努力を続けている、といった若者が社会では肯定的に受け入れられた時期でもありました。アルバイトによって得られる収入は金額的には今よりも低い時給だったですが、アルバイト収入の金銭感覚は今よりも良かったのではないかと思います。
「フリーター」という言葉がいつから使われ出したがよく覚えていません。当初この言葉が出てきたとき「フリーター」というカッコいいライフスタイルで、積極的に将来の夢に向かって努力している若者というニュアンスとして使っていたように記憶しています。
1990年にバブルが崩壊し日本社会は長い混迷の時代に入りました。高校生が卒業後に「フリーター」となって、アルバイトによる収入によって生活し、かつ会社に正社員として就職することなく、フリーターの生活を続けると生涯賃金が低くなってしまうことが高校の進路指導で問題となってきました。現実に夢を叶えて成功することができたのはほんの一握りのフリーターであり、ほとんどが年齢が上がっていき、仕事の経験を積むようになっても決して収入は上がっていかない現状が明らかになってきたからです。
しかし一方で、以前はいくらでもあった高校への求人は急激になくなっていき、高校生の就職活動は次第に困難となっていきました。さらに不幸な追い打ちをかけたのは、1990年代前半時期は、第2次ベビーブームの若者が高校に入学し、卒業する時期であったことです。1990年代中途から2000年代前半を就職氷河期と呼ぶ向きもあるほどですが、就職活動を行っても実際に希望の仕事がないために、高校卒業後アルバイトを行う若者が増えた時期でもありました。
しかし、この時代にはいまだに高校生の中には前の世代を後遺症からか、「夢追いかけ」型のフリーター志望の者もまだまだ多くいたように思いますし、学校に送られてくる様々な就職関係の資料も「夢追いかけ」型コンセプトで作られていることが多かったように記憶しています。

2017
01.17

自己管理と自己責任(2学期終業式講話から)

全日制では12月21日に、スクールカウンセラーの市原千絵先生のお話を聞きました。市原先生は御講演のタイトルに「都立工芸生の処方箋」という副題としてつけられていて、都立工芸の生徒の特徴を巧みにとらえたお話をしてくださいました。工芸生が作品制作の課題を多く抱えていること、そして常に作品を評価される立場にあることを触れられて、他の普通科の一般的な高校生と立場であることを指摘されました。そのことを踏まえて、心の自己管理のことを多くお話しになりました。お話の中にはキーワードがいくつもあり、例えば「自由とは他者から嫌われることである」というアドラーの言葉を引用して、「嫌われると自由になる」という言葉があったり、「人とうまくやっていくテクニックより、自分で自分を立て直す」とか「クールに自分を観察する」といった言葉があったりして、なるほどと思いながら聞きました。
生徒の皆さんは「自己管理」ということを、小学校や中学校から何回も言われてきていると思います。でも「自己管理」はとても難しく、大人でも完璧に自己管理できている人は少なく、私も自分で自分のことをきちんと管理できているか、と言われると自信をもって「できている」と言うことができません。
都立工芸生にとって自己管理とは、全日制の生徒であれば、夜更かしせず朝早く起きて学校に通うことであり、定時制の生徒であれば、給食の時間に間に合うように、あるいは1時間目の授業に間に合うように登校することであり、どちらの生徒も毎日の繰り返しの中で、課題を期日まで提出できるようにスケジュールをきちんと調整し、睡眠時間をしっかりと確保して心身の健康を保ち、勉強に励み、自分の技術を磨き、知識、教養を身に付けていくことです。
しかし、何かのはずみで、例えば体調を崩した、人間関係に悩んで課題が手につかなかった、あるいは、自分ではなくて、家族が体調を崩して面倒を見なければならなくなった、といったことで、微妙なバランスの上に立っていた自己管理が崩れてしまうこともあります。そういう中で課題が間に合わなくなって、つらい思いをした人もいるかもしれません。
自己管理のバランスが崩れたときに、学校であれば友達に相談したり、先生に相談したりして立て直すことができます。市原先生のお話の中にもありましたが、一人で抱えないことがバランス回復のコツであるように思います。
ところで現在、社会問題として「貧困」が大きく取り上げられるようになってきました。テレビや新聞、いろんな書籍で「貧困問題」が論じられています。最近やっとこの問題には複合的な原因、例えば社会的な構造、歴史的な経緯、経済状況や労働環境の劣化があることが考えられるようになってきましたが、ちょっと前までは、貧困に陥るのは自己責任であるという論調が多く見られていました。例えば若者が就職してもすぐに退職するのは本人に根性がないからだ、忍耐する力が育っていないからだ、だから、会社を辞めた後アルバイトを続けていて、結果として就職できなくなって低収入のまま高年齢となっても自己責任であるといった論です。最初に入った会社が労働基準法を無視するブラック企業であったり、犯罪まがいの事業を行っていたりして、離職するのもやむを得ないことがあることや、いったん職を離れた人が再就職をするための道筋が日本の社会の現実としてきわめて厳しい、ということや、どんなに優秀な仕事ができる人であっても派遣社員であると、正社員になっていくことが難しく、高い収入を得ることができない、といったことにやっと社会全体が気が付き始めました。しかし、若者が学校を卒業し、社会に出ていったときに、何かのはずみで離職せざるを得ないことが起こり、その結果として貧困のループにはまり込むことは、誰の身にも起こることである社会的な状況であることに変わりはなく、そのときに自己責任で片付けられてしまうこともあり得るのが、今の日本の状況だと思います。
都立工芸でがんばっている生徒の皆さんがそうした状況に陥ることがあってはならない、そして悪いループの断ち切ることこそが、教育の役割だと考えています。自分の人生は自分でデザインできる、そういう社会であらなければならない、とも思っています。しかし、こうした悪いループにはまり込まない何よりも一番の予防方法は、自己管理をきちんと行うことであることも考えておかなければならないことです。そして自己管理は継続を要することであるのも知って欲しいです。悩みを抱えている人も大勢いるのだろう、困難な状況に直面している人も少なくない、しかし、「今日解決できなかった問題は明日必ず解決できる」信念をもち続け、しっかりと自己管理をお願いします。

2017
01.10

読書とLINEの相容れない関係

お正月にスマホの機種変更を行いました。今まで使っていたスマホに不満があるわけではないけれども、何年か使っているうちにいろいろと不具合が出てきたので、仕方がなく最新式のものに変更しました。
新しいスマホを自宅に持って帰ったところ、家族から、今まで私のスマホにはLINEが入っていなかったので連絡がとりにくくて困っていた、新しいスマホに変えたならLINEを必ず使えるようにしろ、という強い要求がありました。実は私はLINEに対してあまり良い印象を持っておらず、他のSNSはダウンロードしていましたが、頑なにLINEを使えるようにすることを拒み続けていました。スマホの初期設定を行い、必要なアプリをダウンロードした後で、仕方がないのでLINE入れてみました。本当は私がやってみるとLINEアプリのダウンロードがうまくいかないので、どうやればいいか娘に聞くと、私のスマホを取り上げて、たちどころに操作してLINEが使えるようにしてしまいました。私は世の中の動きにすっかり遅れていることを実感させられ、厳しい現実を突き付けられることになりました。
さて、とりあえず入れてみたLINEには、大勢の人からメッセージがありました。何だか変てこな「スタンプ」だけを送信してくる人もいました。それはそれでありがたいのですが、連絡があれば返事をしないと人間関係に支障をきたすと考え返信をしました。これまでLINEを普通に使っている皆さんにとっては、別に驚くようなことではないけれども、LINEにはしょっちゅう連絡が入ります。他のSNSとは比較にならないほどLINEはコミュニケーション密度が高くて濃い。このようにコミュニケーション密度が濃いところがこの日本に住んでいる人たちの性格に合っていて、他のSNSよりも広く使われるようになったのではないかとも考えました。
さて、私は時間が空くと本を読んでいることが多く、読書中にLINEが入ると思考が中断し、何を読んでいてそれについてどんなことを考えていたか、すぐに戻れなくなっていることに気が付きました。LINEをやってみて私の受けた印象は、読書とLINEは相入れない。言い換えれば、まとまった思考とLINEは相入れない。ということは、工芸生の作品制作とLINEも相入れないだろう。何か集中してものを考えなければならないとき、新しいものをつくり出すために他のことを一切遮断しけなければいけないとき、LINEは邪魔な存在と言わざるを得ない。若くて柔軟性が高い工芸生はバランスをとりながら上手くやっているかもしれないが、思考を分断されながらつくった作品が良い作品になるわけがない、と私は思います。思考や創造に遮断や中断があってはうまくいかないでしょう。SNSの中でも、LINEが高密度なコミュニケーションツールであるがゆえに起きる問題であると思います。
LINEをやってみて、こんなことを感じるという話を家族にしたところ、設定が下手だからだと言われました。きっと上手に設定することができれば、読書とLINEは両立することができるかもしれません。

2017
01.04

工芸とデザインの境目

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
さて、金沢21世紀美術館で「工芸とデザインの境目」という展覧会が、10月8日から3月20日まで開催されています。展覧会の監修はプロダクトデザイナーの深澤直人氏です。
美術館のホームページには展覧会の概要として、
「「工芸」か「デザイン」か―。工芸とデザインはものづくりという点では同じであるが、両者は異なるジャンルとして区別される。しかしながら、それらをつぶさに観察するまでもなく、両者の間には「デザイン的工芸」また「工芸的デザイン」とも呼べる作品あるいは製品があるように思われる。本展覧会では、「プロセスと素材」「手と機械」「かたち」「さび(経年変化)」といった観点から工芸とデザインを見つめ直すことによって、それらの曖昧模糊とした境目を浮き彫りにする。それと同時に、最先端技術の発達などによって多様化が進む両者の新たな地平を考察する。」とあります。
また、監修者のことばとして「工芸とデザインの違いを解く人は多い。ものづくりとして捉えればそこに境目はあるのだろうか。作者自身の手で作るものを工芸と言い、デザインもその工程に含まれる。デザインはものをデザイナー自身では作らない。工芸は「作品」と言いデザインは「製品」と言ったりもする。工芸を生み出す手の技はデザインの機械の精度と比べても仕方ないがそこに価値の違いが現れる。生み出そうとする気持ちは同じであっても工芸とデザインは相入れようとしない。そこに境目はあるのか。それともそれは「デザイン」なのかあるいは「工芸」なのか。問うてもしょうがない問いをあえて突きつけてみようとするのがこの展覧会の目論見である。」とあります。
展示の様子をウェブで調べてみると、展示スペースの真ん中に線が引いてあり、左側が工芸、右側がデザインになっていて、様々な作品や生産品が置かれている位置によって、より工芸的であるのか、デザイン的であるのかを表わすようになっています。物によっては真ん中の線の真上に置かれ、工芸でもありデザインでもあることを示している場合もあります。例えば鉄瓶や箒は真ん中に置かれています。一方で、石垣は工芸側、コンクリート壁はデザイン側に置いてあり、はっきりと分類されています。単純な配置による分類を示すだけではなく、監修者である深澤氏の解説も付されているようで、見る人が「ああなるほど」と感じたり、「いやいや自分だったらもうちょっとこっち側に置くのに」と思わせたりするなかなか面白い展示となっているようです。展示品にも前述のもの以外には自動車があったり、インテリアがあったり、コンピュータ、タイプライター、漆製品など多岐にわたっているようです。
深澤氏自身が工芸とデザインとを明確に分けることの難しさを述べていて、その双方を含むものが数多く存在し、はっきり分類することができずに、線の真上に置くものが多数展示されているのも興味を感じます。都立工芸の皆さんは、こうしたことを意識して作品制作を行っているでしょうか。工芸とは何だろう、デザインとは何だろうと考えるきっかけになるとても興味深い展覧会だと思いました。金沢にはなかなか行くことができませんので、ウェブで関連の記事を調べたり、深澤氏の著作に触れたりするのもいいのかもしれません。行き詰っているときに、壁を突破する力をもらうこともできることでしょう。

2016
12.28

オリジナリティについて2

 東京オリンピック・パラリンピックのエンブレムのデザインだけを取り出せば、そのオリジナリティには何の問題も無いように感じられますが、当該のデザインの周囲に存在していること、例えばデザイナーの他作品のオリジナリティや選考委員会がデザインを決定する際の透明性といったことが問題となり、結局はもう一度選考をやり直すことになっていったわけでした。こうしたことは、作品のオリジナリティについては作品そのものだけで完結すればよい時代はすでに終わっていることを示しています。
 そして、作品のオリジナリティという問題は、デザインの世界だけではありません。芸術、文学、音楽など、人間のすべての創造的な活動に関わる問題です。
 私が最近読んだ本で、村上春樹の「職業としての小説家(新潮文庫)」があります。村上春樹は日本を代表する小説家で「海辺のカフカ」「IQ84」などの長編小説を得意とします。主要な登場人物(主人公等)の言動や心理面のバランスが良いこと、内面世界を一種隠喩(メタファー)的に表現する傾向があること、日本的な抒情性を排除していることなどに特徴があり、世界中で翻訳されて読まれていると聞いています。また、私はデザインや美術系に進もうと考えている人ならば、村上春樹と日本を代表する指揮者である小澤征爾との対談集である「小澤征爾さんと、音楽について話をする (新潮文庫)」などは、(文学や音楽に関わっていくつもりがない人でも)読んでおく価値がきわめて高い本だと思います。村上春樹が今年こそノーベル文学賞を取ると信じているファンも多く、そのこと自体が報道の対象となっています。
その「職業としての小説家」の中に「オリジナリティについて」という章があります。その章には村上春樹が15歳の時にラジオで初めて聞いたビートルズやストラビンスキーの春の祭典、マーラーの交響曲が例に挙げられていて、そうした音楽を例にとりながら、作品がオリジナルであると呼ぶための条件を3つ示しています。主旨だけを抜き出すと、①独自のスタイル ②そのスタイルを自らヴァージョンアップできる ③そのスタイルは時間とともスタンダード化する、の3点です。
村上春樹は小説家でありますし、オリジナリティを説明するにあたって挙げている例がビートルズやビーチボーイズ、ストラビンスキー、マーラーであったりしますので、私たちのようにデザインやものづくり、工芸作品の制作におけるオリジナリティとはやや異質であるのかもしれません。では全く別のものであるか、というとそうであるとは思えず、例えば、優れた建築家やインテイリアデザイナーのデザインのオリジナリティなどとは、この3点については共通するものも多いように感じます。そしてさらに、村上春樹はこのように述べています。「何がオリジナルで何がオリジナルでないか、その判断は作品を受け取る人々=読者と「然るべく経過された時間」との共同作業に一任するしかありません。作家にできるのは、自分の作品が少なくとのクロノジカルな「実例」として残れるように、全力を尽くすことしかありません。つまり納得のいく作品をひとつでも多く積み上げ、意味のあるかさをつくり、自分なりの「作品系」を立体的に築いていくことです。」この文章の「作家」を「デザイナー」、「読者」を「デザインを見る人」と言い換えれば、オリジナリティに関しての村上春樹の考え方は、デザインやものづくりの制作に関わっている私たちにそのまま通じると思えます。このことを東京オリンピック・パラリンピックのエンブレムの問題にあてはめると、エンブレムの作者は超一流のデザイナーでありましたが、盗作だという指摘を受けたときに、(デザインという仕事上難しかったかもしれませんが)、これまでの自分の業績を明らかにするなどにより、一般人である多くの人々にクロノジカルな共感を得る努力が不足したこと、すなわちエンブレム以外の作品群において、村上春樹が述べたような共同作業に欠けていたため、自分の作品のオリジナリティを一般の人々に認識してもらうことができなかった、そのことがエンブレムの再選定に世の中が動いていくことに決定的に作用したのではないかと私には思えます。
デザインだけではなくあらゆる美術、音楽、文学等、人間の創造性が発揮される分野で、これからもオリジナリティの問題は発生すると思います。特に人口知能の発達により、人間にしかできないと思われていた分野にもコンピュータが使用されるようになり、ディープラーニングによって学習を深めたAIの制作したデザインが世の中に出て来る可能性もあります。私たちは作品を制作していく過程で常にオリジナリティの問題と向き合っていく必要が生じていることを理解していなければなりません。

2016
12.22

オリジナリティについて1

東京オリンピック・パラリンピックについての世間の関心は、競技会場の変更や開催費用の問題に移ってしまい、エンブレムのデザイン変更は過去のこととなってしまいました。市松模様の新しいオリンピック・パラリンピックのエンブレムはすっかり街の中に溶け込んで、街行く人々の関心を取り立てて引くこともなくなっています。
しかし、私はデザインのオリジナリティを考えるときに、東京オリンピック・パラリンピックのエンブレム変更は、常に先鋭的な問題提起をし続けるのではないかと感じています。
東京オリンピック・パラリンピックのエンブレムのデザインが盗作であると主張したのは、ベルギーにあるリエージュ劇場のロゴの作者でした。この主張に対して、東京オリンピック・パラリンピックエンブレム作者は、作成したモティーフについて、「Tokyo(場所)・Team(結束)・Tommorow(未来)」の「T」で、そのデザインに3つのメッセージを持たせることで、東京という街(あるいは日本という国)の世界のスポーツ祭典にかける意気ごみを表現しようとしていると説明し、「Théâtre de Liège」のTとLを表現したロゴとは全くコンセプトが異なると強調し、盗作ではないことを説明しました。この段階で東京オリンピック・パラリンピックのエンブレムの変更が必要となることは想像できず、一般の受け止めとして、たとえリエージュ劇場のロゴの作者が裁判を起こしたとしても、そうしたことはデザインの世界ではよくあることで、さほど重要ではないという認識でした。
しかし、この後事態は急変し、予想もつかなかった問題が示されるようになります。一つは東京オリンピック・パラリンピックの作者のデザイン事務所が過去に行っていたデザインの中に、明らかに盗用を疑われるものがいくつか出てきたことです。コンピュータやインターネットが現在のように発達する以前であれば、デザイン事務所の作品にはどのようなものがあり、それが世界中で制作されるデザインと類似性を有するかどうかを指摘することは不可能であったろうと思います。誰かが、このデザイナーの他の作品に盗作はないのだろうか、ということを疑った場合、グーグルでちょっと検索するだけで、膨大な資料をデータとして入手することができる、すなわちデータとなっていてWEB上に存在する資料であれば、いとも簡単に手に入れてデザイン作品を比較、対照することができる、ということが立証されました。そして、私たちが生きている時代がそういう時代であることを一般人が初めて認識した事例となったのではないかと思います。
もう一つは東京オリンピック・パラリンピックのエンブレムを決定する際の、選考の透明性についての問題提起です。東京オリンピック・パラリンピックのエンブレム選考に参加するためには、非常に高いハードルが設けられていて、選考に参加できるデザイナーは超一流のごく限られた人たちだけでした。そのことが、選考は平等に行われるのではなく、最初からどのデザイナーの作品になるのか決まっていたのではないか、という疑いを抱かせてしまいました。さらにそれだけでなく、選考結果が決まってから、非公開でのデザインの変更を行っていたことまでが、明らかにされてしまいました。選考方法が間違っていたのであれば、もう一度選考をやり直すべきだという考えや意見が大勢を占めていくこととなりました。しかも、盗作を疑われているのであれば、なおさらやり直すべきだろう、と一般の人々は考えるようになりました。このことは、何かものを決めていく際に、その経過の透明性が問われる時代となっていて、例えば築地市場を豊洲に移す際の「盛り土」問題などで、誰がどのような経緯と経過で決定したか大問題となったのと質的には同じ内容であると考えられます。

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