2016
12.28

オリジナリティについて2

 東京オリンピック・パラリンピックのエンブレムのデザインだけを取り出せば、そのオリジナリティには何の問題も無いように感じられますが、当該のデザインの周囲に存在していること、例えばデザイナーの他作品のオリジナリティや選考委員会がデザインを決定する際の透明性といったことが問題となり、結局はもう一度選考をやり直すことになっていったわけでした。こうしたことは、作品のオリジナリティについては作品そのものだけで完結すればよい時代はすでに終わっていることを示しています。
 そして、作品のオリジナリティという問題は、デザインの世界だけではありません。芸術、文学、音楽など、人間のすべての創造的な活動に関わる問題です。
 私が最近読んだ本で、村上春樹の「職業としての小説家(新潮文庫)」があります。村上春樹は日本を代表する小説家で「海辺のカフカ」「IQ84」などの長編小説を得意とします。主要な登場人物(主人公等)の言動や心理面のバランスが良いこと、内面世界を一種隠喩(メタファー)的に表現する傾向があること、日本的な抒情性を排除していることなどに特徴があり、世界中で翻訳されて読まれていると聞いています。また、私はデザインや美術系に進もうと考えている人ならば、村上春樹と日本を代表する指揮者である小澤征爾との対談集である「小澤征爾さんと、音楽について話をする (新潮文庫)」などは、(文学や音楽に関わっていくつもりがない人でも)読んでおく価値がきわめて高い本だと思います。村上春樹が今年こそノーベル文学賞を取ると信じているファンも多く、そのこと自体が報道の対象となっています。
その「職業としての小説家」の中に「オリジナリティについて」という章があります。その章には村上春樹が15歳の時にラジオで初めて聞いたビートルズやストラビンスキーの春の祭典、マーラーの交響曲が例に挙げられていて、そうした音楽を例にとりながら、作品がオリジナルであると呼ぶための条件を3つ示しています。主旨だけを抜き出すと、①独自のスタイル ②そのスタイルを自らヴァージョンアップできる ③そのスタイルは時間とともスタンダード化する、の3点です。
村上春樹は小説家でありますし、オリジナリティを説明するにあたって挙げている例がビートルズやビーチボーイズ、ストラビンスキー、マーラーであったりしますので、私たちのようにデザインやものづくり、工芸作品の制作におけるオリジナリティとはやや異質であるのかもしれません。では全く別のものであるか、というとそうであるとは思えず、例えば、優れた建築家やインテイリアデザイナーのデザインのオリジナリティなどとは、この3点については共通するものも多いように感じます。そしてさらに、村上春樹はこのように述べています。「何がオリジナルで何がオリジナルでないか、その判断は作品を受け取る人々=読者と「然るべく経過された時間」との共同作業に一任するしかありません。作家にできるのは、自分の作品が少なくとのクロノジカルな「実例」として残れるように、全力を尽くすことしかありません。つまり納得のいく作品をひとつでも多く積み上げ、意味のあるかさをつくり、自分なりの「作品系」を立体的に築いていくことです。」この文章の「作家」を「デザイナー」、「読者」を「デザインを見る人」と言い換えれば、オリジナリティに関しての村上春樹の考え方は、デザインやものづくりの制作に関わっている私たちにそのまま通じると思えます。このことを東京オリンピック・パラリンピックのエンブレムの問題にあてはめると、エンブレムの作者は超一流のデザイナーでありましたが、盗作だという指摘を受けたときに、(デザインという仕事上難しかったかもしれませんが)、これまでの自分の業績を明らかにするなどにより、一般人である多くの人々にクロノジカルな共感を得る努力が不足したこと、すなわちエンブレム以外の作品群において、村上春樹が述べたような共同作業に欠けていたため、自分の作品のオリジナリティを一般の人々に認識してもらうことができなかった、そのことがエンブレムの再選定に世の中が動いていくことに決定的に作用したのではないかと私には思えます。
デザインだけではなくあらゆる美術、音楽、文学等、人間の創造性が発揮される分野で、これからもオリジナリティの問題は発生すると思います。特に人口知能の発達により、人間にしかできないと思われていた分野にもコンピュータが使用されるようになり、ディープラーニングによって学習を深めたAIの制作したデザインが世の中に出て来る可能性もあります。私たちは作品を制作していく過程で常にオリジナリティの問題と向き合っていく必要が生じていることを理解していなければなりません。

2016
12.22

オリジナリティについて1

東京オリンピック・パラリンピックについての世間の関心は、競技会場の変更や開催費用の問題に移ってしまい、エンブレムのデザイン変更は過去のこととなってしまいました。市松模様の新しいオリンピック・パラリンピックのエンブレムはすっかり街の中に溶け込んで、街行く人々の関心を取り立てて引くこともなくなっています。
しかし、私はデザインのオリジナリティを考えるときに、東京オリンピック・パラリンピックのエンブレム変更は、常に先鋭的な問題提起をし続けるのではないかと感じています。
東京オリンピック・パラリンピックのエンブレムのデザインが盗作であると主張したのは、ベルギーにあるリエージュ劇場のロゴの作者でした。この主張に対して、東京オリンピック・パラリンピックエンブレム作者は、作成したモティーフについて、「Tokyo(場所)・Team(結束)・Tommorow(未来)」の「T」で、そのデザインに3つのメッセージを持たせることで、東京という街(あるいは日本という国)の世界のスポーツ祭典にかける意気ごみを表現しようとしていると説明し、「Théâtre de Liège」のTとLを表現したロゴとは全くコンセプトが異なると強調し、盗作ではないことを説明しました。この段階で東京オリンピック・パラリンピックのエンブレムの変更が必要となることは想像できず、一般の受け止めとして、たとえリエージュ劇場のロゴの作者が裁判を起こしたとしても、そうしたことはデザインの世界ではよくあることで、さほど重要ではないという認識でした。
しかし、この後事態は急変し、予想もつかなかった問題が示されるようになります。一つは東京オリンピック・パラリンピックの作者のデザイン事務所が過去に行っていたデザインの中に、明らかに盗用を疑われるものがいくつか出てきたことです。コンピュータやインターネットが現在のように発達する以前であれば、デザイン事務所の作品にはどのようなものがあり、それが世界中で制作されるデザインと類似性を有するかどうかを指摘することは不可能であったろうと思います。誰かが、このデザイナーの他の作品に盗作はないのだろうか、ということを疑った場合、グーグルでちょっと検索するだけで、膨大な資料をデータとして入手することができる、すなわちデータとなっていてWEB上に存在する資料であれば、いとも簡単に手に入れてデザイン作品を比較、対照することができる、ということが立証されました。そして、私たちが生きている時代がそういう時代であることを一般人が初めて認識した事例となったのではないかと思います。
もう一つは東京オリンピック・パラリンピックのエンブレムを決定する際の、選考の透明性についての問題提起です。東京オリンピック・パラリンピックのエンブレム選考に参加するためには、非常に高いハードルが設けられていて、選考に参加できるデザイナーは超一流のごく限られた人たちだけでした。そのことが、選考は平等に行われるのではなく、最初からどのデザイナーの作品になるのか決まっていたのではないか、という疑いを抱かせてしまいました。さらにそれだけでなく、選考結果が決まってから、非公開でのデザインの変更を行っていたことまでが、明らかにされてしまいました。選考方法が間違っていたのであれば、もう一度選考をやり直すべきだという考えや意見が大勢を占めていくこととなりました。しかも、盗作を疑われているのであれば、なおさらやり直すべきだろう、と一般の人々は考えるようになりました。このことは、何かものを決めていく際に、その経過の透明性が問われる時代となっていて、例えば築地市場を豊洲に移す際の「盛り土」問題などで、誰がどのような経緯と経過で決定したか大問題となったのと質的には同じ内容であると考えられます。

2016
12.21

鎖国の功罪―長崎にて―

 日本語の中には幾多の外来語が使われていて、カタカナで表記してはされているものの日本語として完全に定着している言葉がたくさんあります。特に室町時代晩期、安土桃山時代にはスペイン、ポルトガル、江戸時代に入ってはオランダとの交易により、それらの国の言葉が入ってきました。例えばスペイン語ではシャボンやメリヤス、ポルトガル語ではパンやビードロ、オランダ語ではエレキやランドセルといった言葉がそれにあたります。第二次大戦後においては、世界の経済や産業の中心がアメリカであることや、日本自体が政治的、経済的、文化的に圧倒的なアメリカの影響下にあったことから、英語の外来語が多数を占めることになりました。しかし、それ以前においては、調べるといろんな国の言語から日本語に必要な言葉が取り入れられていることが分かります。
 言語も文化の一つであることから、こうした外来語が日本語の中に取り入れられることは一種の文化交流ということができます。もちろん言語による文化交流には、背景としてそれまで日本に無かった「物」そのものが国内に持ち込まれて広く知られるようになったり、実際に使われるようになったりしたということも示していると考えられます。例えば「こすると泡が出て体を洗う物」が日本に持ち込まれた故に、シャボンという言葉が外来語として定着したわけですし、「小麦粉を練ってイースト菌で発酵させた後に焼いた食べ物」が同様に持ち込まれたために、パンという言葉が外来語として定着したわけです。そしてこれだけ多くの外来語が存在し、その言葉が示す「物」が同様に多く存在することから、日本人の国民性として、新しいものや外国から入ってくるものに対して拒絶することなく、むしろ積極的に受け入れていく性格を有していると想像されます。
 長崎は、江戸時代の鎖国後に唯一ヨーロッパに門戸が開かれていた町であったため、進んでいる西洋の文明、文化、学問、技術に対しての日本人の対外的な興味、関心がこの町に集まっていただろうと推測します。しかし、江戸時代の出島はほんの小さな島でしかなく、オランダ人は大挙してやって来ていたわけではなかった。そしてキリスト教の再布教を幕府が恐れるため、できる限り出島を外界から遮断していたため、なかなか文化交流が進んでいくことがなかった。今回の修学旅行で稲佐山頂の展望台から長崎の町を一望しましたが、周囲を埋め立てられ、長崎の町と地続きとなっている現在の出島は、あまりに小さく何の変哲もない長崎市街の一部となっています。
 安土桃山時代に海外との文化交流で国内に輸入された様々な文化、文物は鎖国によって、国内で独自の発展をすることとなったことでしょう。また一方で伝統的な日本の文化、文物についても対外的な接触を経験することによって大きく変容し、江戸時代で発展していくこととなったと考えられます。安土桃山時代において、螺鈿はヨーロッパとの交易による重要な輸出品であったようです。おそらくより華やかなデザインがヨーロッパでは好まれたのではないかと想像されますが、こうした影響によってか、江戸初期に尾形光琳らによって大胆なデザインが表現されるようになりました(「八橋蒔絵螺鈿硯箱(やつはしまきえらでんすずりばこ)」が東京国立博物館に所蔵されていて国宝となっています。)。鎖国が存在しなければ、例えば螺鈿の意匠も江戸時代には全く別のものとなっていたのではないか。鎖国があったがために、日本独特なデザインが様々に工夫されるようになり、発展していったことが考えられます。
 歴史には「if」はありませんので、鎖国が存在しなかったらという設定によって日本の文化の発展や変遷を想定することは無意味でしょう。鎖国があったからこそ起きた日本独特な意匠の工夫に、私たちの美意識は魅かれているのではないか。すなわち、私たちの美的な感覚は安土桃山時代のヨーロッパ文明、文化との交流を経た後の江戸時代の日本独自の文化の発展に負っているところがきわめて大きいことを自覚する必要があると考えます。

2016
12.21

文化交流―九州国立博物館にて―

 全日制の修学旅行に同行しました。
 1日目と2日目は天候が思わしくなく、2日目に予定されていた軍艦島見学とイルカウォッチングは中止となってしましたが、それ以外の行程は予定通り実施することができました。
 1日目には九州国立博物館を訪問しました。九州国立博物館は2005年に開館した博物館で、大宰府天満宮の境内から立派なエスカレータで登った丘に建つ素敵な博物館でした。その展示内容は歴史的な視点が強いこと、アジアとの文化交流による日本文化の形成に関する視点が明確に打ち出されていることに特徴があるように感じました。縄文時代から中世の様々な文物が「文化交流展示室」で多数展示されていました。文化交流に視点を当てていることについて、博物館のホームページでは「日本の通史でもなく、九州の地域史でもなく、アジアとの文化交流史。私たちはこの展示室で、日本文化が外来文化の模倣だけでなく、消化し、蓄積して独自の世界を創造してきた道すじを示したいと思う。―中略―4階エントランスに掲げてある『海の道、アジアの路(みち)』。道は文化交流の動脈であり、生命でもある。人・モノ・情報が行き交う交通路であり、中継基地としての都市や貿易港を育んだ世界文明の神経である。陳列品が辿ってきた文化交流の道すじに思いをはせる場を提供することが、当館の文化交流展示室の重要な目的なのだ。教科書で見た名品を辿るのも良し、自分の好みの分野を回るのも良し、自由に、興味のおもむくままに文化交流の道を散歩していただきたい。」とあり、この文言にある通り、日本の古代史から順を追って文化的な発展を遺跡から発掘された遺物で追っていくのではなく、朝鮮半島、中国、琉球、日本国内の諸地域の文化的な相互作用がどのように起こり、変化や発展が起きていったか、そしてそれぞれの地域で独自のものとしてイノベーションが起こっていったかということが分かるような工夫をしていました。
 千葉県佐倉市には国立歴史民俗博物館があって、日本古代に関わる文化的な交流を示す北九州及び島しょの遺跡や発掘された石器、土器、青銅器等の展示を行っていますが(現在、古代史に関わる展示室はニューリアルのため閉鎖中)、九州国立博物館はそうした考え方を文化交流展示室において、全展示で徹底しているように思われます。
 この日、九州国立博物館では、螺鈿(らでん)展を開催していました。螺鈿は奈良時代に中国から日本にもたらされ、漆工芸(もともとは木工芸であったという解説もあります)に貝の内側の真珠質で美しい文様を表現する技法であることは、工芸生の皆さんは私より詳しく先生方から教えてもらっていたり、自分で調べたりして知っていると思います。今回の螺鈿展では、日本の螺鈿工芸作品だけを展示するのではなく、中国や朝鮮、琉球、アジア各地の螺鈿工芸作品を展示することで、螺鈿を通した文化交流に視点が当たるように工夫しているように思いました。螺鈿技法のルーツがどこにあるのかについても、いろいろと研究されているようですけれども、技法が伝わった各国、各地において、その国の人々が好む文様、美しいと感じる文様が表現され、現代に生きる私たちがそれを比べてみることで、螺鈿の発展、変化が感じられることはとても興味深く感じました。

2016
12.12

人工知能と創造性

今年(2016年)7月12日(火)NHKクローズアップ現代「進化する人工知能、ついに芸術まで」という番組を見た人はいるでしょうか。人工知能に17世紀のオランダの画家レンブラントを学ばせて、人工知能がレンブラントその人となって絵画を描くという話です。1年半かけて300ものレンブラントの作品を、絵の具の塗りの厚さまで人工知能が学ぶとともに、ディープラーニングという新しい学習方法により、人工知能自身でレンブラントの特徴を気付きながら学習していく、そして学習したレンブラントの技法に基づき、人工知能が肖像画を描き、描いた肖像画を3Dプリンターでプリントアウトすると、でき上がった作品はレンブラントそのもので、ちょっとやそっとでは見分けがつかない、きわめて高い芸術性をもっている、という内容です。
音楽や文学も含めて、人間しかできなかった創造的行為を人工知能により可能となる時代がすぐそこまで来ていて、人工知能が作り出した作品は芸術なのか、ということが番組では問題提起されていました。
人工知能がますます発達していったら、クリエイティブな分野の仕事は、人工知能が行うようになっていき、ものづくりの分野では人工知能の指示を受けたロボットが行うようになって、今まで人間が行っていた仕事を人工知能が代替するようになるのではないか。もっと端的に言えば、工芸高校で学んでいる生徒諸君の職業選択や、活躍の場がせばまってしまうのではないか、ということが気にかかります。
人間にしかできないものづくり、デザイン、創造があるということを信じたいし、人工知能がどんなに発達しようとも、この学校で培われる感性や創造性はこれからの社会になくてはならないものであると思います。しかし、人工知能にはできない人間にしかできないものづくりやデザイン、創造とは何か。将来の人口知能が何ができるのかが分からないので、何とも答えにくい問いです。ものづくり、デザインに関わっていく人間が考えていかなければならない課題でしょう。私たちは人工知能の追随を許さないデザインやものづくりの結果をもって答えを示してかなければならないかもしれません。

2016
12.09

勝とうとしなきゃ勝てない

今、全国のバレーボール好きに一番熱狂的に受け入れられている漫画は、間違いなく「ハイキュー!!」でしょう。
スポーツ漫画にはそれぞれの種目に定番となった名作が存在していて、例えば野球では「巨人の星」「ドカベン」、テニスでは「エースをねらえ!」、ボクシングでは「あしたのジョー」、サッカーでは「キャプテン翼」「イナズマイレブン」、バスケットボールでは「SLAM DUNK」、柔道では「柔道一直線」「YAWARA」といった作品がすぐにあがると思います。(高校生がスポーツ漫画の名作の例をあげると別の作品があがるかもしれません。)バレーボールにも「アタックNO1」という古典的名作がありましたが、「ハイキュー!!」は新たなスポーツ漫画の名作として位置付けられるのではないでしょうか。
別にバレーボールそのものが好きではないけれども「ハイキュー!!」は面白いと思って読んでいる人も結構いると聞いています。私が「ハイキュー!!」が好きなのは私自身がバレーボールを長くやっているということもありますが、作者が烏野高校以外の学校の生徒もきちんと描こうとしていて、特に試合に負けていく学校の生徒たちの思いも描かれているように感じるからです。
どんな種目でも全国大会で優勝しない限り、選手は必ずどこかで負けることを経験します。負けを経験することはつらいし悔しい。必ず経験する負けのために部活動で選手たちは一生懸命がんばります。しかし、部活動は、(運動部だけではなく文化部もコンテストや大会に出場すれば同様ですが)一つでも勝ちたいと思って努力すること、自分の限界を少しでも超えようとして自分自身との戦いを経験すること、自分だけで戦うのではなくて、友達や仲間(先輩、後輩)と思いや気持ちを共有して努力すること、そうした努力を支えてくれる人に感謝する気持ちをもつようになること、そして負けたときにその負けをどのように受け入れるかによって、さらに人間として成長するチャンスが生まれることに意義があると思っています。
タイトルの「勝とうとしなきゃ勝てない」は、烏野高校のキャプテンが、かつて中学生のときに言った言葉で、あまりバレーボールが強くない高校に進学したキャプテンの同級生がこの言葉を思い出して全力で奮闘する場面に登場しました。この言葉だけを切り取っても何の感動はありませんが、この場面の漫画を読むと、(あるいはテレビでアニメを見ると、)後悔の多い人生を歩んで歳を重ねた大人にとっては、こうした当たり前の言葉のもつ重みがズンと腹にこたえたりするものです。
「ハイキュー!!」は舞台にもなっています。「ハイパープロダクション演劇ハイキュー!!」という名称で、すでに「頂の景色」「烏野、復活!」の2作品が公演されました。私は舞台そのものではなく、ライブビューイングという映画館での実況中継で2作品の公演を見ました。その時、今どきの舞台演劇はなんて進んでいるのだろう、ということに感心しました。そもそもバレーボールを演劇の題材にするなどということは到底無理な話と高を括っていたのですが、実際に見てみると、そのように既成概念で考えることはとんでもないということが分かりました。舞台効果として映像や音響がふんだんに使われていて、それによって、こんなにも臨場感がある世界を生み出すことができるのだ、という感動がありました。こうした現在の演劇の効果手法に無条件で感心してしまい、「ハイパープロダクション演劇ハイキュー!!」の公演内容やキャストの表現といったことよりも、世の中の動きに疎くなってはいけないものだという反省をしきりに感じたところです。

2016
12.05

ネットワークを取り巻く状況2

生徒諸君は世界史の授業でローマ帝国について学習します。紀元前1世紀、ローマの重要な軍人で政治家にユリウス・カエサルという人がいます。英語読みではジュリアス・シーザーと言います。共和制からビザンチン帝国の滅亡にいたる二千年のローマ史の中で、最も重要かつ偉大な人物です。
この人の言葉の中で有名なものに、「人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない。」という言葉があります。世の中にはさまざまな現実があり、嫌なこともつらいことも、見たくないことも聞きたくないことも起きるわけですが、人はそうした現実の中で自分に都合のよいことだけしか見ようとしない、ということを今から二千年以上も前にユリウス・カエサルは言っています。もちろんカエサルが言いたいのは、自分にとって嫌なこと、都合の悪いことの現実にも目を向けなければいけない、ということですが、自分にとって嫌なことから目を背け、都合のよいことだけを認識して生きている人は少なくない、むしろ随分と大勢いるのではないか、と思います。
ところで、現在のコンピュータとネットワークの世界では、自分の都合のよいようにネットワークのほうが変化してくれるという時代になっていることを、皆さんは聞いたことがあるでしょうか。
「フィルターバブル」という言葉が一時期はやったそうです。この言葉はイーライ・パリサーというアメリカの人が書いた「フィルターバブル インターネットが隠していること(ハヤカワ文庫)」に書かれている言葉です。
現在、グーグルやフェイスブック、アップル、マイクロソフトなどの企業は、コンピュータを使用しているユーザーの情報を、何を検索したか、どんなことに興味をもっているのか、といった全て収集しているそうです。これはユーザーがクイックした事項を全て記憶しておけば、その人がどんな人であるのか、容易に判断することができる。そして収集した情報に合わせてユーザー一人一人のネットワークをデザインし、パーソナライズすることができ、現にそのようにしているそうです。したがって、グーグルで同じことばの検索をかけても、人によって検索結果が異なってくる。仮に皆さんの中にヒップホップ音楽が好きな人として、日頃からヒップホップ関係の検索をかけていると、ある言葉をヒップホップとは関係ないつもりで検索をかけても、ヒップホップに関わりがある検索結果がコンピュータ画面に現れ、コマーシャルバナーにもヒップホップに関わりのある商品が出現するということになるそうです。(私自身で確認していないので、本当にそのようになるかどうか時間があるときにやってみてください。)イーライ・パリサーはこうした状況をフィルターバブルと呼んでいます。
今の時代は、自分の意思とは無関係に、自分の好きなものだけが情報提供される、という時代になっているということです。
自分の好きなこと、好きなものだけに囲まれて、創造的な、クリエイティブな発想や仕事は果たしてできるのか。また、子供のときから自分の好きなものだけに囲まれて育ったら、好きなもの以外のものを受け入れることができる人間になれるのか。
こうしたことの延長線上に、自分が正義と思うもののためには、何をしてもよいという直線的な考え方も出てくるように思います。こうした状況に陥らないために、正しい判断ができるようになるために、知識と教養を身に付けることが大切で、自分にとって異質なものをしっかりと受け止めることができるようになっていくことが大事です。フィルターバブルの世界の内側は自分の好きなものしかない心地よい世界ですが、そうした自分の心地よい世界を打破し、異質なものへぜひ挑戦して欲しいと思います。

2016
12.05

キャリア教育について感じていること2

私は青森県の高校を卒業しました。青森で生まれ育ったのではなく、父の仕事の関係で高校2年生の2学期に都立高校から青森県立高校に転校しました。今から40年近くも前のことですので、先生や同級生の津軽弁が分からなかった。人柄が穏やかで優しい人が多かったので、私と話をするときは東京のイントネーションや言葉を使って話すように気を遣ってくれたのですが、中には面白がって、わざと津軽弁を強調する人もいて、そうした人の話はほとんど理解できませんでした。後に教員になってから、何かの本で戦前に青森の高校生と鹿児島の高校生が話をしたときに、言葉が通じなくて英語で話をしたという本当か嘘か分からないエピソードが書かれていましたが、そういうこともあるかしれないと肯いたものです。
青森は冬になると雪がたくさん降りました。(今でもたくさん降ると思います。)雪は12月になると根雪となって、春が来るまで溶けません。校舎のコの字のところには吹き溜まりができ、3m近く雪が積もりました。勇気のある男子生徒は、その吹き溜まりに3階から飛び降りてみせました。そして私は「東京っ子さに津軽の雪ん子の味を教えてやらねばまいね。」と言われ2階の窓から吹き溜まりに投げ込まれました。
進路を決めなければならない2学期の放課後、教室の窓から八甲田山を見ながら、同級生たちと卒業後どうするつもりかお互いに話しました。私は東京に戻って大学に進学する、という話を同級生にしましたが、同級生の中からは「お前がうらやましい」という反応がありました。私にとっては東京に戻り進学することは自明でありましたが、青森で生まれ育った同級生にとっては、高校を卒業した後に、東京に出て進学する、または就職するということは、人生全てを賭けた挑戦であったようです。青森を出て東京に出て進学するつもりだと話した何人かの同級生は、比較的経済的に恵まれた家庭の生徒だったように思います。しかし、中には親から地元の弘前大学以外の進学は認めない、合格しなければ農業を継ぐように言われている、あるいはお見合いをして嫁に行くように言われていると話した人もいました。
私が高校生の時に体験したこうした状況は、どこまで変わってきているのかよく分かりません。しかし、生徒諸君が都立工芸を卒業後に進む大学や専門学校、会社には大勢の地方から東京に出てきた人がいます。地方から出てきた人は、きっと田舎で暮らす親や親族、あるいは地元に置いてきた友人の思いを背負っていることでしょう。親が引き止めるのを振り切って東京に出てきて勉強をしたり、仕事をしたりしようとしている人もいると思います。当たり前のように東京都内で生活をして、進学をしたり就職したりしている私たちよりも、はるかにハングリーであることが多いのではないか。進学先の学校や就職した会社は、東京出身の私たちと地方から出てきたハングリーな人たちとを区別して評価するわけではありませんので、皆さんはそうした人たちと競争しながらがんばっていかなければならなくなると思います。
生徒諸君が、卒業後にこうしたいろんな人たちに負けないエネルギーを在学中に吸収してくれることを願っています。

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